第21話

「ここを出て、どこに行くんだ?」 不破がそう尋ねてくる。

「俺の家だ。奴らは俺がこの件にかかわってることを知らないはずだし、俺が救出に参加した痕跡も残してない――割れたガラス瓶を仔細に調べられる可能性はあるが、決定的な証拠が残るほどの量じゃない。奴らが彼女を探そうとするなら、近隣の大規模な軍施設に注目するだろう。だから、彼女を匿うなら軍施設よりも俺の自宅のほうがいいのさ」

 アーランドにおいては領境警備隊ボーダーガードや衛兵部隊など、各地の統治権者の隷下にある有事の即応を目的とした軍隊が複数箇所に駐屯している――近隣で一番近いのがレンスタグラ砦、一万四千を超える騎兵と三万六千の歩兵からなる大規模部隊が駐屯しており、いくつかの関所やそこに駐屯する領境警備隊ボーダーガード、近隣の町や村などに勤務する治安部隊などを隷下に置いている。

 隷下部隊の一部として宿場町に建てられた兵舎に百人規模の小隊を駐屯させており、王侯がなんらかの理由で国内を行き来するときにその宿泊場所の提供と滞在中の身辺警護、護衛部隊への補給、一度に複数箇所への情報伝達が必要なときに人馬を供給するなどの役割を担っている。

 ――救出部隊がリーシャ・エルフィの身柄を確保したら、まずはそういった宿場町に駐屯する軍施設、そこからもっと大規模な軍の駐屯地に移送して警備態勢を確保する、連中はそう考えるだろう。

 ライはそう続けてから、

「だから、ここから痕跡をたどれない様にして脱出する。この世界には人間に飼い慣らされたケイナインはいないから、臭跡探知を警戒する必要は無いからな。足跡だけきっちり消していけばいい」

「それからどうする?」 誰かの発した問いに、ライはそちらに視線を向けた。

「おまえたちも含めて、この国の王政に引き渡す――それで俺の仕事は終わりだ。そのあとおまえたちがどうするのかは、俺は知らん――興味が無いというより、俺にはなにもしてやれん。そこまで余裕が無いからな」

 あるいはライがデュメテア・イルトの打診をれて農務卿、農政大臣に就任すれば、新たな土地開墾やファイスの家畜化による養豚などで彼らの雇用も生み出せるのかもしれないが――正直あまりこの国に肩入れしたくないし、拠点としての今の自宅から離れたいとも思わない。所詮自分はよそ者だ――。樹海の端にあるあの自宅ならば、仮に襲撃を受けてもいつでも森に逃げ込める。

 そんなことを考えながら、ライは軽く腕組みした。

 王都は今の状況を把握していない――誘拐事件自体は昨日の早朝、まだ丸一日も経っていない。ライの自宅を訪れていた国王デュメテア・イルトとエルディアの王太子ゾット・ルキシュはライが自宅を出るのと同じタイミングでそれぞれの王都へと出発したので、今頃は近隣の街道上にある宿場町にいるだろう――ライの自宅は王侯が長時間とどまるための警備態勢の構築が難しいので、一応の相談が終わったことを名目に帰らせたのだ。

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