第16話

「川を下る距離は?」 メルヴィアの口にした質問に、ライが彼女に視線を向ける――メルヴィアはライの身辺警護を王国から依頼されている立場上国家事業の仕事には必ず同行しているが、ライと一緒に狩猟に出ることはあまり無い。樹海の中にもあまり詳しくないのだろう。

「二百ファードはいかないだろう。長距離とは言ってもだ――楽なものさ」 そうかなあと疑問をいだきつつ、ガラはなにも言わなかった――舗装路が無い以上、それが最上の考えであることはわかっていたからだ。

 川下りをする最大の利点は足跡が残らないために川伝いに逃げたと判断する決定的な証拠を消すことになるだけでなく、どこで川から上がるか、あるいは上がったかを追跡者側が読めないことが大きい――最終的には消去法で川下りを結論づけるかもしれないが、それまでには時間がかかる。そしてそのころには、すでにこちらは十分距離を稼いでいるというわけだ。

 さらに合流場所に現れない仲間を探しに来た賊が砦にたどり着いて皆殺しにされた仲間の屍を目にするころには、すでに王女リーシャ・エルフィとその護衛部隊が現場を離れて少なくとも五日が経過している――強行軍で来ればもっと早いだろうが、それでも二日よりは短縮出来まい。

「それにこの樹海は俺にとっては勝手知ったる庭も同然だが、追跡者にとってはどうだろうな――川から離れなければここまで戻ってこられるが、ちょっと川から離れて道に迷えばもう終わりだ。下流にいくらか進めば、わかりやすい目標物は無くなる。川は途中で曲がりくねってるから、じきに自分が進んでる方角もわからなくなる。条件は同じだ――南北がわかる道具があるぶん多少条件はましかもしれないが、そもそも川を下ったなんて考えないかもしれんよ」

「ああ、それは確かに」 ポンと手を打って、ゲイルがうなずく。

「どういうことです?」 同僚兵士のひとりが発した問いに、ゲイルはそちらに視線を向けた。

「おまえが――別に多人数でもかまわないが――ここを脱出しようとしたら、川を下ろうと思うか? ガンシュー・ライ抜きでだ」

「まさか。案内人ガンシュー・ライ無しでこの樹海を不用意に歩き回ろうなんて、自殺行為もいいとこ――あ」 それで彼も納得したらしい。ゲイルは大きくうなずいて、

「こんな樹海の中を気楽に歩き回れるのは、ガンシュー・ライくらいなものさ――俺たちは彼が言うところの、天文航法てんもんこーほーの技術が無いからな。で、彼は痕跡を残してこなかった。つまり、叛体制派がもし――そうだな、実行犯どもがいつまでたっても王女殿下を連れて落ち合う場所まで来ないから様子を見に来た、あるいは増援なり補給なりで砦に行っても、発見するのは王女殿下を救出した痕跡だけだ」 彼は周りを示す様に大きく腕を振って、

「この拠点は我々が勝手に使ったのかもしれないし、ガンシュー・ライが狩猟のために使ったのかもしれない。普段はここには見張りはいないんだ、誰が使っていてもおかしくない――という前提でものを考えるなら、どこに続いているかもわからない川を下ったなんて最初から考えないだろう。仮に考えたとしてもだ、なんていう薄い根拠で、しかも自分たちが盛大に遭難する可能性もあるのに、わざわざ川を下って追跡しようと思うか?」

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