第26話

 興味深げにその様子を後ろで眺めていたリーシャ・エルフィに場所を譲り、彼女が煙突から排出される熱気で指先を温めるのをしばし見守ってから、話を聞いていたのだろう、外に出ていかずにその場でとどまっていたガラに視線を向ける。

「ま、そういうことでな――明日はちょっとした強行軍になる。メルとリーシャ・エルフィはかまわんが、男連中は体力を温存する様にな」

「なにをするんです?」 ガラの質問に、ライは首をすくめた。

「なに、痕跡を残さずに移動するための基本だよ――エルンには軍用犬ケイナインがいないから、臭いは気にしなくていいしな」

 ライはそう返事をしてから、ちんぷんかんぷんといった様子のガラの肩を軽く叩いた。

「そういうわけで篝火を頼む、ガラ――俺も早いところ設備を補修して、あいつらの傷の手当だけして休むとするよ」

 そう告げて、ライは操縦室のほうへと歩き出した。まだまだやることは残っている――というか外の連中をほったらかしにしているので、さっさと今夜を凌ぐ準備を整えなければ。

 具体的には学生たちの中にいる怪我人の治療と野外で過ごすことになるので光源・熱源の確保――これは兵士たちに任せればいい――、も配ってやらねばならない。

 樽の中身を食べないのかと聞いていたところをみると学生たちは食事をしていないのだろうが、これに関しては今のところどうしようもない――この拠点には一応食糧の備蓄があるが、四十人近い人数の腹を満たせるほどではない。

 今夜は空腹のまま、震えて眠ってもらうしかないだろう――賊の拠点から収奪した樽の中身は塩漬けの野菜とカチカチに乾燥させた黒パンで、もう一、二食ぶん程度しか残っていない。

 塩漬けにした野菜は水に浸けてある程度塩気を抜かないと食べられたものではないし、黒パンも日本人の感覚でそのまま食べるのはつらいものがある――ただ彼ら全員に行き渡る量があるのはこれだけだが。

 果物や野菜などを干物にした保存食糧や燻製、チーズのたぐいはいくらか野営地に備蓄があるが、十分な量ではない――もともとライひとり、いってもメルヴィアを長くて十数日程度養う分量しか想定していないからだ。それこそこの人数では、一食で使い切ってしまうだろう。

 食糧に関しては、彼らが欲しがったら出してやればいいだろう――どのみち今の人数のままであれば、今日明日でここの備蓄食糧は完全に枯渇する。

 ――胸中でだけつぶやいて、ライは当面の問題に思考を戻した。

 まずは獣除けの鳴子のたぐいを仕掛け直す必要がある。

 鳴子自体は材質とサイズを変えることで音色も変え、鳴子が作動した時点でどちらの方向から接近されているかわかる様にしてある――さっきの錘は切れた鳴子の位置が確認出来る様に鳴子の作動装置トリガーが動いた箇所に対応した錘が落ちる仕掛けなのだが、五ヶ所くらい落ちていた。ライがここに来ていない間に、獣が近くを通って鳴子を作動させたのだろう。

 操縦室に足を踏み入れ、プラスティック製の小さな手提げ取っ手のついた箱を手に取る――医療資材と仕掛けの補修用資材を小脇にかかえ、ライは機体の外に出て歩き出した。

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