第1話

 森は鬱蒼として暗い。

 周囲に満ちた夜気はひんやりと冷えて、どこか遠くであがったホウホウという梟の鳴き声と羽音をはっきりと伝えてきている――どこかで小動物を狙って狩りでもしているのだろう。

 頭上に張り出した木々の枝葉の向こうに覗く夜空にはあでやかな満月が浮かんでいるものの、周囲の木々の密に張り出した枝葉に遮られて地上にはほとんど月光が届かない。中天にある月の光が真っすぐに降り注いでくるために枝葉の隙間から射し込んできた月明かりだけが、そこを歩く者たちに周りの光景をかろうじて見せている。

 針葉樹と広葉樹が入り混じった周囲の木々の樹高は、いずれも信じられないほど高い――普通の人間の視点から見上げれば、一番低い枝まででも百メートル以上あるだろう。

 そこを歩いているだけでまるで自分が小人になったかの様な錯覚を憶えるであろう巨木が乱立する森の中、ガチャガチャという金属質の足音が凪いだ湖面の様な静寂しじまを乱している――そちらの様子を窺えば、一列縦隊を組んで森の中を進軍する兵士たちの一団が視界に入ってくるだろう。

 薄汚れたマント状の外套を羽織り、鋼材を叩き延ばして作られた鈑金甲冑を身に着けた兵士のほとんどが、その合わせ目から得物を保持する腕を出している――何人かはわずらわしいのか外套を背中に払いのけており、彼らの全身を鎧う装備の状態が見て取れた。

 兵士たちが着込んだ甲冑は胴甲冑キュイラスをはじめとして手甲ガントレット脚甲グリーヴにいたるまで、ことごとく外套同様に薄汚れている――旅の埃や返り血の汚れではなく、意図的に汚されているのだ。おそらく月光の反射によって、離れた場所から発見されない様にするためだろう。誰のアイデアなのか、金属部分全体に土が塗りたくられているのである。

 羽織った外套のフードの下から覗く兵士たちの口元を窺うに、彼らは自分たちの装備を土で汚すという行いにおおいに不満をいだいている様子ではあった。

 同様に羽織った外套自体も、気に入らない様子ではある――彼らが身に着けた明るい黄色の外套の布地にも甲冑同様に土や草の汁などが滅茶苦茶に塗りたくられ、背中側に誇らしげに刺繍された部隊の紋章までもが無慙に薄汚れて粘土質の土や草の切れ端がこびりついているからだ。

 いずれも刀身が湾曲した長剣と、それとは別に短剣を帯びている者もいる――長剣は標準装備品なのだろうが、短剣は私物なのか外装のデザインやサイズがばらばらだったりそもそも短剣を帯びていない者もいる。

 外套同様に薄汚れた手甲でよろわれた手で保持しているのは、およそ身に着けた甲冑からは似つかわしくないおおゆみだった。

 否、おおゆみ――おそらく森の中で活動するために取り回しを優先した小型のクロスボウを装備していること自体は、甲冑を着込んで行動している兵士たちにふさわしい選択だろう。クロスボウ自体は連射が利かないので、敵に一斉射を加えたあとは白兵戦を仕掛けるのだろうが――似つかわしくないと言ったのは、そのおおゆみそのものだった。

 光の反射を抑えるために防腐塗料の上から炭を塗りたくられた、木を主材料にして竹や金属板などを貼り合わせた複合素材で作られた合成弓コンポジット・ボウの部分は別に珍しくもない。問題は取りつけられた全長五十センチほどの弓そのものではなく、弓を取りつけた台座レシーヴァーの部分だった。

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