第2話

 弓を固定しているレシーヴァーは先端部分、クォーラルをつがえたときに鏃の真下になる部分に足をかけるための鐙を備えており、かなり強い弓を使用しているからか弓を引くコッキングためのコッキングレバーがついている――我々の知る兵器の歴史上にみられる大型のクロスボウ、アーバレストが備えるクランクと同様に手で引けないほどの強弓つよゆみを備えたクロスボウの矢の装填をやりやすくするための射撃補助装置だ。

 だがそれよりも特徴的なのは、レシーヴァーが後方へ長く伸び、同時に縦に広がって――ちょうど肩に押しつけて照準を安定させる、自動小銃アサルトライフルなどにみられる様な銃床バットストックになっていることだった。さらに暴発を防ぐための用心鉄トリガー・ガードとピストル型のグリップまでもが存在しており、クォーラルよりも上に廻り込む様にして取りつけられたL字型に曲げた金属板上に簡素ながら金属アイアン照準器サイトまでもを備えている。

 彼らは周囲を警戒しているのか薄く油を塗った上から粉末状に砕いた炭をなすりつけて光の反射を抑えた鏃をほうぼうに向けながら、一メートル間隔の一列縦隊で森の中を進軍していた。

「ゼィルミィ、フィール・サオ――」 愚痴をこぼす様に隣の仲間と会話を交わしている兵士たちに、先頭を歩いていた男が小さな吐息を漏らす。

 先頭ポイントマンを務める彼は、ほかの者たちと違って甲冑を身に着けてはいないらしい――歩くたびにガチャガチャという騒々しい足音がしない。

 彼は一度足を止めて背後を振り返り、

「ズルガァ、ディ・ジ」 余人には意味のわからぬ言葉でそう言うと、彼は片手で頭上を指差した――否、枝葉に遮られて姿は視認出来ないが、今まさに頭上に浮かんでいるであろうを示したのだろう。

 姿

「ジ・ドゥ・ザード・シ・リィ・ザーラ」 彼はパッパッと掌を開いたり閉じたりするのを三度繰り返し、

「ズーシ・ザイ、ジェ・ディーディ」

 彼がなにを言ったのかは、知るよしも無いが――

 兵士たちはそれで納得した様だった。兵士としての威厳の象徴たる甲冑や外套をみずから泥で汚すという行いに対する嫌悪感も棄てることにしたらしく、たがいに視線を交わして口元を引き締める。

 彼らは一度姿勢を糺し、それまで両手で保持していたおおゆみに装填された太矢クォーラルの鏃をまっすぐ頭上に向ける様にして右手で翳した。肩に押しつけて照準を安定させるためのストックとは別にピストルグリップを備えたそのおおゆみを保持する右手首にそろえて伸ばした左手の指先をつける様にして左腕を水平に翳し、

「ジ。シー・ダッカ、シーヴァ・リュー・ライ」

 相手に対する敬意を込めたその呼びかけに、その敬礼を向けられた男はかぶりを振った。

「ナン、イレ・サンクティオ」

 その返事に、ふたりの兵士たちは敬礼の姿勢を保ったまま答えようとはしなかった。

「ライ」 先頭を歩いていた彼の後ろを歩いていた人物が、彼の肩を軽く叩く。ほかの兵士の様な敬意と畏怖を込めた呼びかけではなくごく身近な相手に対する親しみを込めて彼を呼ぶその声は、まぎれもなく若い女性のものだった。

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