第18話

 ライはくすくす笑いながらそう答えて、

「話を戻すが、そっちのほうが誘拐なんぞよりよほどいいさ――角も立たないし庶民からは神の様に崇められて、国王からは使える男として大事にされる。国賊として汚名を残すことも無く、故郷の家族や親戚にまで追求が及ぶ様な事態にもならずに、功を成し名を遂げてその後の実績によっては位も人臣を極め、故郷に錦を飾り歴史に足跡を残せるんだからな」

 そう言って、彼は軽く手を打ち鳴らす仕草をした。実際にはすぐ隣で寝息を立てているメルヴィアを起こさない様に、小さな動きで両手の指先を触れさせただけだったが。

「それをしない奴らが、自分たちが政権を取ったからって今の状況を解決出来るとも思えない――最初の選択肢にそれが無いってことは、連中にはそんな能力は無いんだよ。奴らに政権なんぞ持たせてみろ、もともとの不作に加えて奴らが贅沢するための増税で、飢えて死ぬ国民の数が今の十倍に跳ね上がるぞ」

 ライはそう言ってからちょっと考えて、

「共産主義をはっきり標榜してるわけじゃないが、俺の世界でも十年ほど前に左翼政党が政権を取ったことがある――自分たちが政権を取れば、今の政権の問題を完璧に解決出来ますみたいな大嘘を謳い文句にな。そりゃあひどいもんだった――たった三年でありとあらゆる行政機構が破壊され情報が敵国に流された。さっき言った俺の親父のいた軍隊を暴力組織だと言った奴もその政権にいたんだが、公約なんて政権が交代したその日のうちに破られたよ。一日も持たなかった――自治体の陳情をはじめとするあらゆる行政上の仕組みが、自分たちを支持しない首長や自治体に対する嫌がらせの道具になり下がった。――家畜の病気を二十万頭以上も殺処分するまで有効な手を打てず、大災害の際にも意図的に支援を遅らせてやがった。左翼なんてそんなもんだ――畑の案山子を座らせておくほうが、目障りなだけで足を引っ張らないぶんまだましだ」

 冷徹に吐き棄てて、ライはちょっと言葉が悪かったかと自問したらしい。

「いずれにせよ、奴らはもはや政治団体ですらない――ただの犯罪者集団だ。譲歩しようなんてこれっぽっちも考えちゃいけない。相手が国家転覆を試みる活動家である以上、為政者が奴らに与えていいのは死だけだ」

 ライはそう言って、軽く肩甲骨を寄せる様な仕草をした。

勇者の弓シーヴァ・リューライは、もしたとえばわたくしの父が貴方の言うどうしようもない腐った王だったら、どうしていましたか?」 その質問に、ライが小脇の鞘に納めた弓を引き抜く。彼はそれを頭上に翳しながら、

「さてな――俺は弓と農業と戦技術と古流武術しか芸の無いガキだったもの、どうするかなんてわからないよ」

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