第31話

 対して、あの若者たちはどうか?

 まだわからないが、彼らがライほどにエルンの環境に順応出来るとは思えない――ライは必要な能力をすべて備えていたが、自分の持っている知識や技術が彼の世界で一般的なものではないということも話していた。

 つまり、ライは彼の元いた世界の能力基準の平均にはなりえない――ほかのことではどうだかわからないが、ライがなにかほかの点で彼の世界の人々よりどれだけ劣っていようと、少なくともエルンにおいて身を立ててゆくのに必要な能力はすべて備えている。

 だがあの新たな漂流者たち、彼らはこの野営地にたどり着いてから火を熾すことも傷の手当ても一切自分たちでしていない――つまり、彼らはこういった環境に適応する能力を持っていないのだ。ライと同様異界から流れ着いた者たちの遺品から得た装備品や種子類、彼自身が持ち込んだ異形の弓、

すべて同じものを手に入れる環境が整っていても、彼らはライと同じ様にはなれないのだ。

 彼らがまったく異なる変革をもたらすことの出来る知識や技術を持ち合わせていない限り、彼らは第二のガンシュー・ライにはなれない。

 並んで手当てを受ける若者たちから視線をはずし、ガラはのほうへと歩き出した。

 

   §

 

 最後の学生の傷の手当てを終えたところで、ライは立ち上がって大きく伸びをした。

 ガラスの砕片が傷口に残っていたままの者も数人いたので手間取ったが、まあこれで化膿はしないだろう。

 怖いのは破傷風だが、これに関しては現状ではどうしようもない。破傷風菌はワクチンによる抗体レベルが十分でない限り、ごく小さな傷口からでも感染し発症する。

 ライはにいるときに破傷風の予防接種を受けており、少なくとも二十年以上は有効だ――つまりあと十五、六年は破傷風の心配は無い。無論この星に存在する破傷風菌が地球に存在する破傷風菌と同じものであるとは限らない以上、どこまで当てになるかは非常に怪しいところだが。

 いずれにせよ、現状で脅かしても仕方無いだろう――脅かしたところで予防に必要な破傷風トキソイドがここには無い。感染防止に期するしかあるまい。

 かたわらに置いておいた酒瓶――国王デュメテア・イルト・カストルが以前手土産に持ってきたものだが――を手に取って、残量を確かめる。蒸留を繰り返してアルコール度数を高めた国内でも生産量の少ない果実由来の蒸留酒の一種で、上位貴族でもなければなかなか手に入らない品だ。

 普段はほとんどアルコールを摂らないライとしてはもらってもあまり使い道が無いので、アルコール度数九十度というトチ狂った強さを活かして消毒に利用していたのだ。それに九十度オーバーの強い酒であれば、消毒だけでなく気つけや放火などにも使うことが出来る――とはいえその本音は持ってきた本人には言えないが。

 そんなことを考えながら、ライは篝籠の中で燃え盛る炎に翳していたチタン製のミドルクッカートレックを引き寄せた。単に照明設備として火を焚くだけでなくほかの目的にも使うことがあるので、篝籠は雨除けのために竹で骨組みと屋根を作った四阿あずまやの下にある――筋交すじかいの一本から下げたロープの先のS字フックに金属環を引っかけ、そこから伸びた二本の鎖の先のフックにミドルクッカートレックの取っ手を引っかけてあるのだ。ロープを引っ張れば、ミドルクッカートレックもついてくる。

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