第55話

 方法はふたつ――外に出てこさせて殺すか、中にとどめたまま殺すか。

 出来れば中に踏み込むのはやりたくない――内部の状況がわからないからだ。

 兵舎内の階段から室内に入った先はただの大部屋で、間取りのある構造にはなっていない――だが採光部が少ないために、屋外に比べて暗く死角が多い。地球の様に手軽な照明器具が存在しないのでなおさらだ――ランプのひとつくらいは持ち込んでいるかもしれないが、それが点いているかどうかはわからない。家具が持ち込まれているとも思えないが、それでも索敵掃討クリアリングをやらずに済むならそれに越したことは無い。

 となると――燻し出すか?

 ――

 ――胸中でつぶやいて、ライは酷薄に目を細めた。

 手持ちの道具は、家畜小屋周りの土や下肥から抽出した硝石――硝石はどんな状況でも役に立つ。硫黄があれば毒ガスも爆発物も作れるのだが、残念ながら火山帯の無いこの大陸に硫黄は存在しない。

 それにもうそれほど量は多くないが、以前発見した自動車から回収したガソリン。

 例のバケツの中身を可燃物と混ぜ合わせ、そこにガソリンと硝石を加えたものを投げ込んで火を放つ――窓から投げ込むのがいいだろう。

 実際に現場に居合わせたことは無いが――これを投げ込んで火をつければ、かなり強烈な悪臭と黒煙が発生するだろう。

 いいだろう――悪くないアイデアだ。古来、害虫ゴキブリは燻し出すものと相場が決まっている。

 ただそうなると、例のバケツの中身をライが最初に思いついた目的に使うことは出来なくなる。土でも代用が利くので、ライとしてはいっこうにかまわないが。

 あとは容器だな――そんなことを考えながら、ライは広場の様子を窺った。

 やはり彼らは広場の北寄り、兵舎の下層にある牢獄へと降りる斜面の前に集まっている――当初はキャンプファイアの様な櫓状に組まれていたらしい大きな焚火を囲み、酒で気が大きくなっているのかゲラゲラと笑い声をあげながら飲食に興じていた。

 人数は三十人強、すでに眠りこけている者も数人いる。

 何人かは帯剣している者もいるが、残りの連中は武装を解いている――ただ単に邪魔になるからだろう。武器が一ヶ所に集積されているなら、そこに可燃物を投げ込んで一気に焼却するという手もあるが――

 シャラの姿は見えないが、足元からぶるぶるという鼻を鳴らす音が聞こえてきている――ちょうどライのいる真下あたり、広場南西の隅に近い場所につながれているのだろう。

 音は重なり合って二頭ぶん――装甲馬車は四頭立てだと聞いているが、一頭は兵士たちと一緒に毒矢を受けて襲撃現場で死んでいた。ここにいるのは二頭、残る一頭は――

 残る一頭のたどった運命は、すぐにつまびらかになった――ちょうど北東側の広場の隅に、切断された馬の首と内臓、雑に剥がれた皮が山積みになっている。

 どうやら馬の一頭は捌かれて食肉にされたらしい――道理でお祭り騒ぎなわけだ。この大陸では、肉というのは滅多に人の口に入らない。

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