第12話

 それとは別に逃がした近衛騎兵による報告を受けて王都カーヴェリーから進発した王国軍がここにやってきて追跡を始めるのは、少なく見積もっても数十日後だ。

 つまり最短でも丸二日半の余裕があるし、その前に離脱すればそれで問題無い。

「つまり?」

「別の拠点に移動するんだろう。国軍の追跡部隊がここにやってくる前にな」 ライはそう答えてから、ナイフの鋒についた苔の混じった土を胴衣チュニック同様斑点状の迷彩模様に染めた脚絆の生地で拭った。グリップ部分にパラシュートコードを巻きつけられたラップナイフの刃先を点検し、問題無いと判断してシースに戻す。日本が誇る高品質ステンレス鋼材ATS-34を用いた製品だが、この五年間の間にずいぶんと砥ぎ減りしてしまった。

 実のところ、馬車シャラ・ファイを使わなくてもこの樹海の中で痕跡を消すことは不可能に近い――石材で舗装された街道はともかく、その周囲の森の中に入ると地面は苔が密生した柔らかいものになっていて足跡を消すことが出来ないからだ。

 どのみち舗装されていない土の上では重い馬車の車輪が轍を残すから、地面が乾燥していてもさして変わらないだろうが――

 そして馬車を適当なところで棄てて徒歩でどこかへ移動するにしても、その徒歩の移動での痕跡が残ってしまう。

 それをしとして行動しているということはつまり、彼らが救出部隊が到着する前に別の場所へ移動するつもりであることを示唆している――実際に追跡が始まるのは翌々日以降になるから、彼らはそれまでに現在の根城を引き払うだろう。

 逆に言えば、彼らは今夜のうちに移動する必要は無いのだ――移動するのは明日の朝で十分だし、なんなら翌朝と言わずぎりぎりまでしっかりした監禁場所があるあの砦にとどまるかもしれない。

 移動を始める前に彼らの拠点にたどり着くことが出来れば、計画の第一段階ファーストステップが成功してうわついている連中に強襲ハード・アンド・ファーストを仕掛けられる――そして浮ついている相手に攻撃を仕掛けるなら、作戦の一段階が成功して気を抜いている今が一番適切だろう。

 ――胸中でつぶやいて、ライは頭上を見上げた。

「どうかした? 難しい顔して」 自分の眉間を指差して、かたわらのメルヴィアがそんな質問を口にする。

「否、なんでもない」 ライはそう返事をしてかぶりを振ると、そんなに眉間に皺が寄っていたかと自分の額に手を遣った。

 ――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る