第11話

 馬車と王女がまるで違う方向に向かうことで、追跡を攪乱ミスリードしている可能性も無くはない――実のところ、現場から直接樹海に入らずにいくらか街道上を移動してから樹海に入れば、発見はかなり難しくなっていただろう。

 ただ街道上を移動するにしても街道は商団キャラバンや旅人、街道上を移動して警備やトラブル対処にあたる長距離巡察衛兵と出くわすリスクがあるので、まともなリスク管理の能力があればそれはやらないだろうというのがライとデュメテア・イルトの共通した見解だった。

 宿場町間を往復する巡察衛兵は、そのどちらからも出されている――宿場町Aと宿場町Bがあったとした場合、宿場町Aから宿場町Bに向けて、宿場町Bから宿場町Aに向けて、それぞれ別に動哨を送り出すのだ。

 そして巡察Aと巡察Bは街道上ですれ違ってたがいの宿場町にたどり着いたあと、今度は自分の拠点に向けて出発する――宿場町二ヶ所を往復する間に二度、彼らは街道上ですれ違う。

 長距離巡察衛兵が一定時期までに宿場町に到着しなければ、あるいは長距離巡察衛兵がもう一方の長距離巡察衛兵とすれ違わなかったなら、なにかしらの事件が発生したと看做されて彼らを捜索するために軍が動き出し、小規模ながら軍事行動が始まる。

 事件発生時から今に至るまで雨は降っておらず、数日前の雨で濡れた路面ももう乾いている――血痕などの痕跡を消すのは難しいから、彼らの襲撃は王女に随行していた近衛騎兵による報告を待たずとも早晩露顕していただろう。

 なのにわざわざ轍の跡を残すのを気にせずに、その場から馬車を走らせて樹海の内部に逃げ込むというのは――

「たぶん、今の拠点に長居するつもりが無いんだろう」 と、返事をしておく。

 上記の通り、彼らは痕跡を消していない――標的をはずした矢玉、煙幕を張るために焚いた火の残渣、血痕に斃した近衛兵の兵馬の遺体。

 たとえひとりだけ逃がした近衛兵の報告が無くとも、宿場町間を巡察する動哨なり街道を進む旅人や商隊キャラヴァンなりに発見され、宿場町に配された軍の拠点に通報されることになる。

 そこから近隣に駐屯する大規模な軍施設に連絡が行き、王女の捜索が始まるまで――そう、軍の駐屯地のひとつレンスタグラ砦が一番近いが、宿場町からレンスタグラ砦に通報が行くまでにまあ一日。

 『一日』というのは比喩表現抜きで、現場やその近郊の駐屯地から早馬を飛ばしてレンスタグラ砦に連絡を入れるまでには約三十時間、この世界での一日かかる。巡察動哨は一日に宿場町間を十数往復するが、彼らなり旅人なりの通報が実際にレンスタグラ砦に届くまでに一日、そこから編成された先遣隊が進発し現場に到着するまでもまあ一日。先遣隊など出さずに本隊が直接やってくるにしても、軍による追討が始まるのは早く見積もっても翌々日のことになる――実際には軍が追討部隊を編成して装備を整えるにもそれなりの時間がかかるので、進発した軍が昼夜兼行の最短ペースでやってきたとしても現場に到着するのはおそらく翌々日の夕方。

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