第44話

 角から一メートルほどのところに設けられた換気口から、室内を覗き込む――雨天時に泥水などが入り込むのを避けるためだろう、地面から拳ひとつぶんほど高い。

 室内はかなり明るい――月明かりではなく炎の光だ。室内で火を焚いているのだ――おそらく囚人に暖を取らせるためのものだろう。

 ということは、この牢獄に投獄されているのがリーシャ・エルフィ・カストルである可能性はかなり高い――火を焚いているのは今の段階で囚人に体調を崩されたり、死なれたりしては困るからだ。おそらく現時点では身体的な危害は一切加えられておらず、食事も与えられているだろう。

 囚われているのが日本人であれば、こんなふうな待遇をする意味は無い――連れてきたのは余計なトラブルを避けるためだけだろう。彼らがここを引き払うときには殺害されるか、幽閉されたまま放置されていくはずだ。

 牢獄の壁に対する換気口の位置はかなり高く、また奥行きがあるために見える範囲は限られている――だがそれでも、視界の奥のほうに見える扉の前に誰かが立っているのがわかった。そして扉の前にいるその人影が、左手首になにかをつけている――嵌め込まれたガラスが篝火の光を弱々しく反射しているのは、おそらく腕時計の文字盤ダイヤルだ。

 ――胸中でつぶやいて、ライはとりあえず手前側にいる重要人物 V. I. P. に注意を向けた。

 頭の一部しか見えないが、篝火の炎でオレンジ色に染まった、編んで巻いた髪型シニョンの金髪であるのがわかる――救出対象パッケージ

 ――

 あまり気は進まないが、西側に廻り込んで向こう側から確認すべきだろう――そう判断して、ライはその場で音も無く身を起こした。

 状況証拠から考えれば、おそらくあれがリーシャ・エルフィだろう――

 ライがリーシャ・エルフィだと思ったのが、実は彼女のドレスを着て胸に詰め物を入れ、ヅラをかぶった肌が綺麗で線の細い女装趣味の中年のおっさんな可能性も無いわけではないのだ――今の時点で彼らが救出部隊の存在を予想して対策している可能性は限り無く低いが、それでも顔はきちんと確認しておかなくてはならない。

 リーシャ・エルフィ(仮)は格子扉の前に立っている――格子扉は東側の格子の列にしつらえられ、西側の牢獄の扉と向かい合わせになっている。そして日本人たちの真後ろ――つまりリーシャ・エルフィ(仮)の真向かいにも換気口がある。

 換気口は内部を覗くてんこうとしては、いささか勝手が悪い――壁の厚みがあるために上下方向の視界が制限されるのと、設置位置が高すぎるためだ。だからリーシャ・エルフィ(仮)も、頭の一部しか見えていない。

 西側の壁の北寄りに位置する換気口は手前の牢獄の扉と正対しているので、そこから内部を覗けばちょうど正面の位置にいるリーシャ・エルフィ(仮)の顔を正面から確認出来るだろう。

 そんなことを考えながら、ライは今背にしている壁の西側の端へと足音を殺して歩き始めた。換気口の前に足を置かない様に注意して、一歩また一歩注意深く歩を進めてゆく。

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