第30話

 ただ単に不安なのだろう――目の前からいなくなった彼が、ちゃんともう一度無事に帰ってくるのかどうか。

 それはライにも理解出来た――たぶん、自分も彼女と同じ感情をいだいている。

 彼が、彼女が、自分のそばからいなくなったときに、どうやって生きていけばいいのか。

 以前ここに放り出されたときは、ほぼ三ヶ月間を航空機の周りで話し相手も無くひとりで過ごしていた。まったく異なる環境に適応するためにやることが多すぎて、孤独は感じなかった。

 ひとりでなんとか生き延びるために小屋を建て畑を切り開き、水路を掘り水を引いた。柵を造り家畜になる動物を集めた。水車も作った。ガラやその家族と出会って、村人たちと親しくなった。

 今また、ひとりきりになったらどうなるだろう。

 さびしいとは感じるかもしれない。それでもたぶん、ライは生きていける。

 けれど、メルヴィアは。

 たぶん彼女がいなくなったら、ライは生きていけないだろう。生きていく手段――今までに切り開いた畑や水田、家畜や水車のことではない。

 朝起きたら当然相手が座っている席に見知った姿が無い、家畜たちにじゃれつかれる笑い声が聞こえない。作業の合間に額の汗を拭いながら向けてくる、弾ける様な笑顔が無い。腕の中にあの慣れ親しんだ感触とぬくもりが無い。

 ――

 この感情がなんなのかはわからない。愛ではなく依存なのかもしれない――それでも良かった。どことも知れない別世界、ほかに誰ひとり身内のいないふたりがただ身を寄せ合っているだけの関係だったとしても――たとえそうだとしても、彼女がそばにいるからライは生きていけるのだ。

「大丈夫だよ」 ライはそう返事をして、メルヴィアの手にしたコンパウンド・ボウを受け取った。滑車カムにゴミを噛み込む危険があるので、コンパウンド・ボウに泥を塗ることは出来ない。注意して行動するしかない。

「気をつけてね」 胸元で手を組んで本当に心配そうな表情を見せているメルヴィアに、ライはちょっと口元を緩めて笑った。

「ああ」 穏やかな口調で返事をしてから、きびすを返して歩き出す。連れのメンバーが、背後で身を低くするのが気配でわかった――ここはまだ山砦の索敵範囲に入っていないから、ただ単に風を避けるためだろう。

 高台に出ると、風は一気に強くなる。風自体は南から北に吹いているから、声や匂いで接近を気取られる恐れは無い――高台上はところどころにまとまった数の樹木が生えたりんが形成されており、その中に入れば発見される恐れはまず無い。この世界にはまだ電力という概念が無いので、当然サーチライトの様な照明器具も存在しないからだ。

 遠眼鏡は持っているかもしれないが、月明かりの下ならともかく物陰のものは識別出来まい――この世界の技術で作られた遠眼鏡など、さほど質の高いものではない。

 高台と斜面の境目に沿ってしばらく歩いたところで足を止めて視線を転じると、視線の先に水源地、それに巨樹十数株が折れることで出来た開豁地が見えた――周りの樹高が高すぎてここからでは視界に入ってこないが、そこにライが乗ってきた飛行機の残骸が大破擱座しており乗員乗客合わせて八十人ほどの乗客の亡骸が眠っている。

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