第31話

 そのうちのひとりが著名な日本人の登山家で、彼の持っていた荷物のおかげでライは生き延びることが出来た。やったことは遺体からの追剥同然だが、彼が同乗していなかったらライは野垂れ死んでいただろう。

 一瞬だけ黙祷を捧げ、ふたたび歩き出す――固まって生えた樹木はせいぜい数十本、十数歩も歩けば小さな樹木群は抜けてしまう。

 ここから山砦に接近アプローチすることを考えるなら、接近経路ルートはふたつ――ひとつは今の様に高台から接近する、もうひとつはいったん斜面に降って接近することだ。

 ここから山砦までは約一キロ――今ならまだ、砦から発見される気遣いは無い。

 そうなる前に、確認しておくことがある――胸中でつぶやいて、ライはしばらく歩いたところで足を止め、向きを変えてふたたび歩き出した。

 高台の南北の幅は約二キロ――残念ながら、ところどころに固まって樹木が生えた疎林などの掩蔽物で完全に視線を遮ることの出来る幅でもない。無論、一方向だけを目を皿の様にして眺めていられる幅でもないわけだが。

 だからこそ、確認は砦から視認出来ないうちにする必要がある。南側の斜面方向に向かってしばらく歩いていくと、ライの進行方向に対して右に続く足跡があった。

 つまり、西の方向へ――蹄鉄を撃ち込まれた蹄の跡だ。

 今は馬車の車体につながれていないからだろう、正しい位置に並んではいないが、三頭ぶんの蹄の跡が残っている。もっと南に降れば東行きの足跡が見つかるのかもしれないが、高台の上は常に風が吹いて土が乾燥しているので跡が残りにくい。

 見つかるかもしれないが、見つからない可能性もある。高台を縦断して調べる気は起きなかったので、それ以上のことはしない――それに知りたいことはだいたいわかった。

 三頭――四頭のうち残る一頭は、襲撃現場で死んでいた。今連れられているのは、たまたま被弾しなかった馬車馬三頭だ。

 馬の一頭の足跡に、特徴的な個癖の痕跡が残っている――人間に癖がある様に、動物にも癖がある。三頭ぶんの足跡のひとつに、馬車シャラ・ファイの轍を追っているときに気づいたのと同じ歩き方の癖が見られたのだ。

 つまり、この足跡は馬車シャラ・ファイを牽引していたシャラの一頭のもので間違い無い。

 その一方で、馬車シャラ・ファイの轍の痕跡は無い――やはり彼らは、どこかで馬車シャラ・ファイを放棄している。つまり馬車シャラ・ファイをどこかで放棄してリーシャ・エルフィをシャラに乗せ、ここまで歩きで戻ってきたのだ。

「だが――」 巨木に激突したバスがあった場所を思い出して、ライは顎に手を遣った。

 彼の森は常に空気が湿っているために地面が苔生して柔らかく、多少開けて日照で地面が乾燥した場所以外は足跡を残さずに移動することは出来ない。当然ライたち一行の足跡も残るし、馬車シャラ・ファイの轍やシャラの蹄の跡、それに複数の足跡も残っていた。

 あの場所に残っていた足跡の数を考えると、敵の総数は三十ほど――足跡の数は二十数人ぶんだが、おそらく王女リーシャ・エルフィを乗せていた馬車の中に何人か乗っていたはずだ。

 チンピラが車に女性を乗せたあと、逃げられない様に両脇の席を固めるのと同じだ――左側にしか後部座席のドアが無いのなら、左側だけでもかまわないが。ついでに交代でその役をすることで、徒歩で移動していた連中が交代で休むことが出来る。

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