第31話

 その言葉にはっとして、ライに視線を向ける――ライはなんとも言い難い表情のまま、周囲に視線を走らせていた。

「……殺したのか?」

「ああ――治療の手段は無いからな。そのままにしておいても、苦しみを長引かせるだけだ――楽にしてやるのが情けと思って、ひとりひとり首の骨を折って回った」 そのときのことを思い出しているのか、ライは暗い眼差しで自分の右手を見下ろした。

 さすがに絶句している康太郎に視線を向けて、

「話を戻そうか――全部で八十人ほどの乗員と乗客を、何日かかけて全員埋葬した。そのあと乗客の荷物や機内に積まれた物資を調べて、使えるものを探した――長期間とどまらなければならない可能性を考えて、機体を利用してそれなりに手の込んだシェルターを作った。転機になったのは、三ヶ月ほどあと――狩猟も兼ねて森を探索してるときに、沖縄ナンバーの種苗店の社用車を見つけたのさ。木に突っ込んで運転手は死んでたが、――俺にとっては――さいわいなことに荷物は無事だった」

「種苗店?」

「植物の種や苗を扱うあきないのことだ――俺が遭遇したのは主に業務用の種苗を扱う種苗会社の社用車だった。おそらく得意先への配送の最中だったんだろうが、おかげで米や小麦、いろいろな野菜や果物にいたるまで、さまざまな種類の植物の種や苗が手に入った」

 それでライが言いたいことを理解して、康次郎はうなずいた。

 龍華雷がまだその名を使っていた時期――康太郎にとっては二、三年前、ライにとっては七、八年前――、彼は弟の客として康太郎の実家を自分の双子の弟とともに訪れている。そのときに彼らは土産として、自家製のチーズやベーコンの塊を持ってきていた。

 ライの実家はいわゆる循環型農場、法人化された大規模な農場を経営しており、農作物と乳加工製品の生産を同時進行で行っている。農作物と飼養する家畜のミルクそのものやそれを加工したチーズやバター、ヨーグルト、精肉加工品などが主要な商品で――乳加工製品や精肉加工品の通信販売では、製造作業員を指定して購入することも出来るという。そして彼らが康太郎の実家に持ち込んだチーズやベーコン、ハムなどの製品にはライの本名や彼の双子の弟の名前が生産者名として記載されていた。

 つまり、彼はそのどちらも熟知しているのだ。

 実家が農家の若者が、種苗店の社用車の荷物から種子や苗を手に入れた。そして現状は右も左もわからない見知らぬ場所――となれば考えることなどひとつしかないだろう。

「畑か?」

「ああ」 康太郎の返事に、ライが小さくうなずく。

「別に順風満帆だったわけでもないがな――始めるにしても開墾が必要だし、新しいシェルターも要る。その間のための食糧も必要だ。肥料も必要だから、狩ってきた獲物の猪や鹿のざんを――」

「ざんさ?」

「解体した動物の、食用に出来ない部分のことだ――この場合はな。ガキのころから親父に弟とふたりで山に連れ出されて獲物の解体も手伝ったりしてたが、こっちへ来てからはやっといてよかったと心底思ったよ。それはともかく、獲物の残渣――骨や皮、内臓を土に埋めて肥料化する作業を、堆肥を作るのと同時進行で進めてた」

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