第54話
ややあって、親指の先ほどの黒い塊が木桶の中へと落下する――それまで灰の中に埋もれていた木炭は、空気に触れた瞬間宝石の様に赤々と輝き始めた。
「木炭が炎をあげずに燃えてる状態を
植物性の灰や炭には、炭酸カリウムと呼ばれる成分が含まれている。
キャンプの焚き火や薪ストーブなどの灰を掻き回すと、その中に細かな炭の欠片が残っていることがある――掘り出した炭が空気に触れた途端、赤々と光を放つ光景を目にしたこともあるだろう。
炭酸カリウムは助燃触媒と呼ばれ、それに触れた燃焼物の燃焼を維持する働きがある――植物性の灰には炭酸カリウムが数パーセント含まれており、炭は灰に埋もれた状態であれば空気が遮断されていても長時間失火することなく燃え続けるのだ。灰の中に埋もれていた炭は、掘り出されて空気に触れれば燃焼を再開する。
時代劇の舞台として出てくる民家などで、囲炉裏の木の枠の中に白い粉が堆積しているのを目にしたことがあるだろう。
灰に完全に埋没した状態であればさほどの熱も出さないので、熾の状態の木炭は容器の内壁に触れない様に注意して灰に埋めることで安全に携行することが出来る――これを燠と呼ぶのだ。
ライはシャベルの刃先を使って小さな木炭の塊数個を拾い上げると、それを足元に小さなピザ生地の様に薄く広げた枯れ草の上に落とした。饅頭の生地で具を包み込む様に枯れ草で熾を包み込み、軽く息を吹きかける――繊維の隙間から炎が噴き出してきたところで、ライは枯れ草の塊をユーコン・ストーヴの斜めに掘り下げたトンネルの中に置いた。
再び立ち上がって木箱のほうへと歩み寄り、枯れ草をひと掴み取り出してぐしゃぐしゃに折り曲げ、燃え上がった枯れ草の塊の上に載せる。
さらにその上に数本の焚きつけを載せて火が燃え移るのを待ちながら、ライは手近に置いていたストライダーの大型ナイフを拾い上げた――パラシュートコードを巻きつけただけの簡素なグリップについた土を落としてからグリップを軽く握り直し、薪を一本拾い上げて割りにかかる。
鈍い刃を喰い込ませた薪の一端を、地面に埋め込んだ平たい石に垂直に叩きつけて割り進めていく――出入り口のところから覗いている若者がいるのに気づいて、そちらに視線を向ける。
「なんだ?」
「否、バトニング(※)とかやらないのかと思って」
「ああ」 アウトドア好きなのかそんな疑問を口にする若者に、ライはそう返事をして自分の手元を見下ろした。
「こいつは峰側にも刃があるんでな。そういうのはやりたくない」
最近――ライが地球にいた時期において最近という意味だが――はナイフの峰側を
否、ライも昔はよくやっていた。ただライの実家の牧場で経営していたキャンプ場の利用客が、スタッフとしてのライが火熾しを手伝ったときにバトニングをしたのを見てそれを真似して自前のナイフを壊したことがあるので、人前でやるのがあまり好きになれないのだ。
剛性よりも切れ味を優先した薄い刃のナイフだったので壊れるべくして壊れたも同然だったのだが、客の子供は泣くわ親には真似したらナイフが折れたと文句を言われるわで散々だった――MANTRACKIIでやりたくないのは、峰側にも鈍いが刃がついているためだが。
繊維に沿って裂けるメリメリという音とともに、まっぷたつに割れた薪がぱたんと左右に倒れる――ライは細い薪を数本こしらえると、それを拾い上げて*の記号の様に放射状に並べた焚きつけの上に置いた。
ユーコン・ストーヴは直径十インチの丸い穴を掘り、側面からその底へとつながるトンネル状の穴を掘る。斜めに掘り進めたトンネルは急なものもあるが、ライの場合はかなりなだらかだ――炉自体も単に穴を掘っただけではなく、内壁を石と粘土で固めて作ってある。
箱鞴の羽口をつなげる都合もあるが、必要が生じるとこれを使って鍛冶をするからだ。
トンネル部分の掘り始めは、パック入りのアイスをスプーンで削り取った様に斜めの窪みになっている――その窪みに置いた火種の上に渡す様にして薪を並べてから、ライは出入り口から覗いている少年たちに視線を向けた。
「もうしばらくしたら火が熾る――体温低下の激しい奴は小屋の中に入れろ」
※……
AmazonのBushCraft社のフェザースティックお試しセットとかいう薪とナイフのセット商品のレビューに、『付属のナイフでバトニングしたら折れました。やっぱ安物は駄目?』という記述が散見されました。
否、フェザースティック用だって書いてあるでしょ。
付属のナイフは厚みが2.5mm、ナロータングというちょうど柄のついてない板鑢の
また打撃に耐えるために峰側が分厚くなってないといけないので、峰側に刃がついていたりデザイン的に三角形に面取りされてるナイフでやるのはお薦め出来ないです。
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