第53話
これはどんなものでもそうだが、木材を細かく加工するには鍛造刃物のほうが向いている――
無論それがまったく問題にならないほど鋭利な切れ味を持つものもあるのだが、そういったナイフの大半は断面形状が直角三角形に近い、ちょうど切り出し小刀の様にブレードの片面だけを加工したものであることが多い――そしてそういった加工のナイフは、加工面と手の甲が同じ側に向かないと扱いが難しい。片面削りのナイフは加工面を上にするとエッジを鋭角で材に当てられるが、逆にすると刃を起こさなければならない――その状態で削ることも頑張れば出来るのかもしれないが、わざわざそんな面倒なことをする意味もあるまい。素直にあきらめて逆の手で使えという話だが。
鍛造刃物はストックリムーバルに比べて強靭な刃を持ち、小刃をつけずに直接刃をつけてあるものが多い――さらに言えば、肥後守の場合であれば両側を均等に砥がれているので利き手を選ばない。
今回は火熾しの火種に使うものはすでにあるので、焚きつけに火が燃え移りやすくするためのフェザースティックを数本作ればいい。
薪の長さの七割程度を削り取り、柴犬の尻尾の様に丸まった削り屑が先端に集まる様に毛羽立たせてゆく――最初は鰹節の様に薄く、そのあとは徐々に分厚く削ってゆく。
似た様なものを数本作ると、ライはそれを地面に並べて小屋の片隅に視線を向けた。
視界に入ってくる積み上げられた丸太の向こうに、蓋つきの木箱が置いてある――ライは立ち上がってそちらに歩いていくと、木箱の蓋を開けて中に詰めてあった枯れ草を掴み出した。
絡み合った枯れ草を適当に揉みほぐしながらユーコン・ストーヴのそばに戻り、地面の上にそれを置く――ライは用の済んだ肥後守をナイロンケースに納めてから雑嚢に戻し、代わりに真っ白になった巾着袋を取り出した。
中身は円筒形のブリキ缶――もともとは茶筒だったもので、ライが日本から持ち込んだ品物だ。
巾着袋を開けて灰のこびりついたブリキ缶を取り出し、蓋を開けたところで、ライは入口から差し込む光が陰ったのに気づいてそちらに視線を向けた。
「どうした」
「なんだ、それ?」 ライの手元のブリキ缶を指差して、不破康太郎がそんな質問を投げてくる――ライは入り口をふさぐなと手で指示しながら、
「
「おきび?」 入口から脇に移動しながら首をかしげる不破に、ああとうなずいておく。茶筒の蓋を開けて中蓋もはずすと、一番上には少し萎れた草の切れ端がぎゅう詰めになっている――その下の真っ白な粉は昨夜、水源からいくらか下流に降った先の川岸で焚き火をしたときに回収してきた木灰だ。
「火種を安全に持ち歩くための、昔ながらの方法さ――こっちにはガスライターもマッチも無いからな」 そう答えながら、ライはブリキ缶の中に詰めた灰を脇に置いていた木桶の中に少しずつ落としていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます