第55話

 

   §

 

 炉の中に入れてしまうと着火がしにくいからだろう、煙突状の炉の中に入れずにその手前のスロープ状の部分で焚かれた火は徐々に細い焚きつけへと燃え移りつつある。

「もうしばらくしたら火が熾る――体温低下の激しい奴は小屋の中に入れろ」 ライがそう指示を出して、小屋の外に出る――彼は薪置き場からひとかかえほどの薪を取り出して小屋の中へと取って返してくると、かかえた薪を乱雑に足元に放り出した。

 続いて手近な薪を拾い上げ、火掻き棒でそうする様に燃え盛る焚きつけとまだ燃えている枯れ草の塊をまとめて煙突の下に押し込む――もともとそういうふうに使うのか手にした薪を煙突のてっぺんから炉の中へと放り込み、ライは残りの薪も次々と煙突から投げ落とし始めた。

 続いて横に設置した木製の箱から突き出した丁字型のハンドルを握り、竹で作った水鉄砲か心太ところてんてんきの様に前後にしゅうどうさせる――大量の空気が供給されるヴシューという音とともに煙突の頂部から熱気が噴き出し、その向こう側の光景がゆがんで見えた。

 彼の肩越しに覗いてみると、鞴に火勢を煽られた炎が投げ込まれた薪を片端から飲み込んでいる――とりあえずそれでいいと判断したのか、ライは残りの薪を一ヶ所にまとめて立ち上がった。小屋の外に出て周囲を見回し、

「室内で火を熾した。体温低下の激しい者は中に入って暖を取れ」 その言葉に、ガタガタと全身を震わせていた島田和義がふらつきながら小屋のほうへと歩き出す。

「なあ」 島田に続く何人かの級友に道を譲り、ライが康太郎の呼びかけに振り返る。

「なんだ」

「中の丸太はどうするんだ?」

 その質問に、ライがこちらに向き直ってかぶりを振った。

「そのままにしておけ――椅子の代わりくらいにはなるだろうよ」 そう返事をして、ライは周囲を見回した――今はライの着替えを借りたのかぶかぶかの白い衣装を身に着けたあの褐色の肌の少女が、視線に気づいたのかこちらに近づいてくる。

 少女に何事か指示を出してから、ライはこちらを振り返った。

「俺はこれから狩りに出る――あまり彼らに面倒をかけさせるなよ」

「狩り?」 尋ね返すと、ライは小脇のケースに納めたままにしていたアーチェリー用の弓に左手を添え、

「ここにも備蓄食糧はあるが、たぶん足りないんでな――というか五十人近い人数を喰わせる量なんぞ無い。多少なりとも調達しないと、間違い無く枯渇する」  ライがそう続けて、防柵へと歩み寄る――彼は膝をかがめて助走無しで跳躍すると、あろうことかそのまま高さ二・五メートルの防柵を飛び越えた。

 右手を防柵にかけて空中で体を横倒しにして防柵を越え、そのまま向こう側へと着地――防柵は獣除けでしかなく、彼にとっては防柵などあっても無くてもたいして変わらないらしい。

 そういえば彼ら兄弟が昔座間の実家に弟を訪ねてきたとき、康太郎たち兄妹の姉と妹を含む六人で座間駐屯地のイベントを見に行ったことがある――そのとき来客対応をしていた自衛隊員が妹に風船をくれたのだが、彼女はそれを風に煽られて飛ばしてしまった。

 木の枝に引っかかって取れなくなった風船を見て泣きじゃくる当時三歳の年の離れた妹を見かねてか、ライがそれを取ってくれたのだが――その回収の仕方が手近な隊舎の壁を垂直に駆け登り、風船が引っかかった木の枝に飛び移るというものだった。

 近くにいた一般客はもちろん自衛隊員、隣のキャンプ座間から顔を出したアメリカ軍兵士までがあっけにとられる中、本人だけがどこを風が吹くかという感じの飄々とした態度だったが――

 そういやあのとき、三階建てのビルくらいなら外壁を駆け登って屋上まで登れるとか言ってたな――あきれる康太郎の視線の先で、ライが重なりあった木々の向こうへと姿を消した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る