第56話
この大陸では、野生動物はほとんど獲れない――
だから森に入っていったん方角を見失うと、脱出が難しい――そのためこの世界の人々は、木々を伐採するときくらいしか森に入らない。入ったとしても林縁に近いごく狭い範囲で行動するだけで、動物を追って森の奥深くまで分け入ることは無い。
加えて最近の大飢饉で、餌を使って動物をおびき出して射撃で仕留めたり、罠にかけたりといった方法も使えなくなった――だからこの大陸では、森を主要な活動圏にする野生動物を狩猟する方法が無い。
あとは平原を活動圏にする野生の馬などだが――武器の所持が厳しく制限され、特に飛び道具は即死罪もありうるこの国では、弓を用いた狩猟を試みる者はまずいない。
だから人が動物の肉を口にするのは、卵が採れなくなった鶏や乳が出なくなったり老いて農具を牽けなくなった牛などの使い物にならなくなった家畜を捌くか、皮紙を取るために捌いた家畜の残渣を食用にするくらいしか無い――そのため獣の肉の入手の機会は極めて限られている。彼らの動物性蛋白源は主に魚だ。
だからだろう、捌かれた馬の食肉化の作業も、残渣の状態から判断する限りきわめて雑だった。血を抜いて皮を剥ぎ、内臓を取り除く程度のことは知っている様だが、それだけだ――故郷で牧畜に従事していたライの目から見るとお世辞に技術的に熟練しているとは言い難いし、おそらく屠殺自体がこの砦にたどり着いてからだろうからかけるべき手間もかけてはいまい。
だがそんなものでも、連中にとってはご馳走なのだろう――木製のジョッキになみなみと注がれた白濁した液体を煽りながら歓声をあげる賊たちの姿に、ライは酷薄に目を細めた。
結構――せいぜいそのまま浮かれていろ。どうせあと一時間の命だ。
あまり気は進まないが、多少のリスクは冒さなければならない――胸中でつぶやいて、ライは左脇のケースから取り出したコンパウンド・ボウを床の上に置いた。
そのまま床の上にべったりと腹這いになり、東西の物見塔同士を結ぶ壁上通路へと這い出る――兵舎の構造物に遮られて、南側の防壁上には建物北側のふたつの月の月明かりが届いていない。じきに公転速度の速い
あと数十分程度であれば、
水面から顔を出す鰐の様に顔の上半分だけを防壁通路のへりから出して広場の様子を窺うと、ほぼ真下に近い位置に二頭の
どちらも装甲馬車に附属する非常用の鞍が取りつけられていて、彼らが自前で用意した
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