第12話

 ライが無事だったのは、へし折れはしたものの水平を保ったままだった機首側にいたからだ――もし横倒しになった機体後部に乗っていたら、機体が折れて出来た開口部からほかの乗客ともども座席ごと放り出されていただろう。

 ライが意識を取り戻したとき、機体後部側に乗っていた乗客はひとり残らずはずれた座席ごと開口部から放り出され、地面に激突して死亡するか瀕死の状態に陥っていた。ライと一緒にへし折れた機体の前部に乗っていた乗客たちはまとめて客室前部の壁に叩きつけられ、そのときに座席に脚を挟まれて切断されたり骨折して動けなくなっており、ライが目を醒ましたときにはこちらも死んでいるか瀕死の状態だった。

 機首側に残った座席に乗っていて、かつそちら側の座席で一番後ろの席だったため後方から流れてきた座席の巻き添えを受けなかったこと、父親から教わった内容に従って脚を潰されるのを避けたことが、ライがただひとり生き残ることが出来た要因だった。

 ハードタイプのトラベルバッグの中に二張りまとめて納めていた弓が無事だったこと、弓も含めた彼個人の持ち物が回収出来たのは、今思うと奇跡に近い僥倖だったと言えるだろう――そして致命傷を負った登山家が、五体満足で生き延びたライに手持ちの資材をすべて遺してくれたからだ。

 かぶりを振ってから、ライはいったん足を止めて周囲を見回した。ところどころでピンク色に輝く帯状のものが見えるのは、獣の接近を防ぐために用意した警報装置の所在を示すものだ。

「すまない、誰か松明を貸してくれないか」 ライは古参兵のひとりが差し出してきた松明を礼を言って受け取ると、ひとりで数歩進み出て松明の火で闇を照らし出した。

 飛行機の残骸の周りに無事に残った木の幹に巻きつけた反射材リフレクターのテープが、オレンジ色の炎に照らし出されて時折きらきらと光る。

 今は機体のそばで眠っている登山家アルピニストの荷物から見つけた、反射リフレクトテープだ――ここを拠点シェルターにするには、ライが気づいていないときに肉食の獣などに接近された場合に報知する警報アラートが必要になる。

 ありていに言ってしまえば鳴子のたぐいだが、反射材のテープを巻きつけられた木同士を鳴子でつなぎ、それで機体の周りをぐるりと囲っているのだ。

 飛行機の機体の周囲は竹を組んだ防柵で囲んでいるが、その外側に獣が接近した時点で対応を始めるためのものだ――無論、鳴子の音で獣が逃げ出すことも期待の内だ。

 防柵の手前に生えた二株の巨樹の間で足を止め、両脇の木を見遣ってから足元に視線を落とす――鳴子の作動線トリガーは二本ともはずれている。ライがここを訪れていないときに、なにかがこの場所まで接近したのだ。

 接近した生き物がなんなのかまではわからないのでそれ以上は気にせずに防柵のところまで歩いていき、その一ヶ所に設けた門の前で足を止める――防柵と接した門の枠の一方を数ヶ所縄で縛り、ちょうど蝶番式の扉の様にして開けられる様にしてあるのだ。

 不用意に開くのを避けるために、蝶番の反対側は門と防柵の両方に巻きつける様にして縄を巻いてある――砦の格子と扉に鎖を巻いていたのと、まあ似た様なものだ。この樹海には猿の様な手先の器用な動物はいないので、施錠のたぐいは必要無い――獣が押し開けない様にしておけばそれで十分だ。

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