第38話

「あら、ま。いきなり襲いかかるなんて野暮な人」

「なんだ、てめぇら……くそデュメテアの手先か」 メルヴィアの軽口に、禿頭の大男が小さな舌打ちを漏らすのが聞こえた。ここからでは当然顔はわからないが、全身煤まみれになっている。つまり兵舎の中にいたひとりだろう――あの煙幕の中で、攻撃がひと段落するまで兵舎に隠れていたのだろうか。あるいは――

 ――

「王様に自分の『手先』呼ばわりされたら、彼は仕事投げ出して家に帰るだろうけどね」

 メルヴィアがそう返事をしながら、足元で片手を無くしてうずくまっている最初の賊の後頭部を長剣の鋒で叩き割る――さすが長いつきあい、よくわかっていらっしゃる。

「生意気なガキだな――まあいい、おとなしくそのおもちゃを棄てな。そうしたら、そっちのお姫さんの代わりに遊んでやるよ」 手足の骨を砕いてからだがな――そう続ける賊に、メルヴィアが適当に首をすくめる。

「お生憎様――わたしにそういうことをしていいのは、ライだけって決めてるの」

 彼女がそんな返事をするころには、ライも三人の賊に包囲されていた――全員煤まみれになっているところからすると、そこの禿頭と一緒に糞スモークに耐えていたのだろうか。禿頭の男が肩越しにこちらをちらりと振り返り、

「ライ? ああ、あの餓鬼か。弓遣いが包囲されてなにが出来るってんだ」 禿頭の賊が鼻で笑う――ライは見当違いもはなはだしいその嘲弄を適当に聞き流して、格子の隙間から牢に囚われた少年のひとりにコンパウンド・ボウを手渡した。両手を空けるだけなら左腋のケースで事足りるが、戦闘を行うとなるとケースに収めた状態のコンパウンド・ボウは邪魔になる。

「ちょっと持ってろ」

 早々に昏倒して窒息死するところまでいかなかったのかもしれないが、四人、あるいはライに最初に仕掛けたひとりも含めて五人も兵舎内に討ち漏らしがいたとなると、入り口を固めていた連中が心配だ。

「なにが出来るって?」 賊の言葉に、メルヴィアが笑みを含んだ声で返事をする。

「まあ、勇者の弓シーヴァ・リューなんて綽名をつけられてるしね。たしかにライが剣を持ったら、彼はわたしに絶対勝てないけどね」 ライの心配などまったくしていない――確信している笑みの混じった口調で、メルヴィアが先を続けた。

「ただし――彼がなにも持ってなかったら、わたしは絶対彼に勝てないけど」

 ガラたちに声をかけるよりも、ライが自分で行ったほうが早いだろう――胸中でつぶやいて、ライは床を蹴った。

 迷彩柄に染めた外套を引き剥がし、手近にいた賊のひとりにかぶせる様にして投げつける。

 ――それ以上のことをする必要は無い。三人はライを中心に、扇状に並んでいる――外套をかぶせて視界をふさいだのは、一番左にいる男。まず潰すのは右。複数同時に攻撃される状況でさえなければ、あとはどうとでもなる。

 彼の雷名勇者の弓シーヴァ・リューライ――ライは彼の本来の名の読み方を音読みにしただけだが、奇遇なことに日本語でもエルンの言葉でも同じ現象を指している。

 すなわち――迅雷ライだ。

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