第24話

 そうなったらもう止める手段は無い――ものの十数秒も経つころには、ろくに触ることも出来なくなる。

 酸化剤によって煽られた炎は木製の弓や剣の外装、棍棒クラブへと容易に燃え移る――乾燥した木製の弓や剣のこしらえ、それに木製の棍棒は可燃物そのものだ。

 アーランド国内で調達したものかそれともエルディアで入手したものかはわからないが、両国とも弓の所持は禁止されていない――ただそれは庶民には入手の当てが無いからで、所持が認められているというわけでもない。狩猟の難しい両国では、弓というのはあまり浸透した道具ではないのだ。

 両国とも軍人に供給される標準装備品としての弓は複数の木材や竹を貼り合わせて作られた複合素材弓コンポジット・ボウだが、はそうではあるまい――おそらくモノ・ボウ、単一素材弓とでも和訳すればいいのか、粘りのいい単体の材で作られたものだろう。

 モノ・ボウの材としてもっとも適したものはイチイ、次点はヒッコリー、カシやカバなどもいいが、がなにで作られているかはわからない――装甲馬車に突き刺さる程度の威力はあるから、それなりに造りのいいものなのだろうが。

 だがなんであろうとどうでもいい――乾燥した木材を削り出されて作られた弓は、ていのいいだ。造りのいい弓は獣脂などを擦り込んで防水処理と同時に弾力性を増しているが、そうであればなおのこと――コンポジット・ボウは火に曝されると素材同士を貼り合わせるのに使われているにかわが熱で軟らかくなり、接合された素材が剥がれてしまう。モノ・ボウの場合は単体の木材を削り出して作られているから素材の剥離は無いが、本体か弦のいずれかが燃えてしまえばそれまでだ。

 剣は火に曝されても、そう簡単に焼きが戻ったりはしない――表面硬化処理によって形成されたマルテンサイト組織がオーステナイト組織に変わるにはA3変態点、摂氏九百十二度まで加熱される必要があるからだ。

 義元もんが明暦三年の大火事で焼きが戻りさいされた様に、大規模な火災に巻き込まれればふいごなど無くてもA3変態点を超えることは珍しくないが――まあ燃料の少ない今の状況では、それほどの効果は望めまい。

 だがそれで十分だ――近隣諸国における刃物類の柄や鞘などの外装は加工の容易さからたいてい木製で、それも耐水性を高めるために獣脂や植物油が擦り込まれている。刀身が使えなくなるほどではなくても、外装が燃えていれば触ることは出来なくなる。

 棍棒にいたってはそれ自体が燃えているから、これもまた触れなくなる。

 すなわち、敵の拠点キャンプに襲撃をかける際にまず考えなければならないのは武器の焼却だ――武器を集積場所ごと焼却する。十分な火力の炎に曝して触れることの出来ない状態にすることさえ出来れば、ひとつひとつ破壊するのに比べてよほど手間がかからない。

 目的はふたつ――ひとつめは戦闘能力を、ふたつめは冷静さを奪うこと。

 ――

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