第14話

「まあ、ここまではどちらもありうることだ――の代替になるものを持ってれば、どちらも出来る。で、なかなか合流地点にやってこない仲間をいぶかしんであの砦に人員ひとを差し向ける、もしくは全員で砦の様子を確認に行ったとしよう。仲間を皆殺しにされたのを見つけて連中がどんな善後策を講じるか、それが問題だが――」 ライはそこでいったん言葉を切り、壁際にいたギジンを視線で示した。

「さっきそっちの彼が言ったとおり、連中が俺たちが少数しかいないと判断するのはさほど難しくない。その結果どういう対応を取るのか――」

 ライ自身が先ほど口にしたとおり、彼らは自身の痕跡を敵の痕跡に紛れ込ませる様にして砦に到達した。ゆえに敵の増援が砦にたどり着いたとして、少なくとも行きの足跡から人数を推察するのは難しい。

 離脱経路は地面が乾燥し、ところどころ草も生えて足跡は残りにくい。だが、食糧を奪ったことで敵は判断材料を得ることになる。すなわち

 ライは食糧を新たにかかえこんだ食い扶持、つまり漂流者たちのために奪ったが、漂流者の存在を知らない賊はそうは受け取らないだろう。

 戦争中に人数を多く見せかけるために竈を実際より多く作ったり、逆に少なく見せかけるために竈の数を減らしたりといった偽装工作をする様に、なんらかの偽装だと受け取るだろう。水増ししているととるか鯖読みしているととるかは、この場ではなんとも判断しがたいが。

 四十人を捻り潰せる大部隊だと受け取るか、あるいは奇襲とはいえ四十人もの人数をものともしないとんでもない精鋭ぞろいの少数精鋭部隊だと受け取るか――漂流者たちの足跡は彼ら一行の足跡と一緒に残っているが、履物の違いがはっきり判断出来るほどくっきりした痕跡ではない。来るときは敵の痕跡に自分の痕跡を紛れ込ませてここまで来たが、帰りはそうはなるまい――足跡だけで判断するなら、四十人を超える人間が馬を守りながら行動している様に見える。

 仮に彼らの中にまともな観察眼のある者がひとりもおらず、一行の大部分が一般人だと判断することも出来なかったとしても、少なくとも恐ろしいだれがひとり混じっているということだけはわかるだろう――連中の持っていた刃つけもまともに出来ていない密造品のなまくら剣で、人間の胴体を背後の壁ごと叩き割る様な化け物だ。

 ガラはケニーリッヒを抑えつけるのに集中して兵舎の様子に注意を払っていなかったので同僚からの伝聞程度ではあるが、ライが剣を遣ったのは実に数年ぶりだ――だがどうやら技量はまったく落ちていないらしい。

 国軍への入隊が決まったときに、ガラも手ほどき程度に彼の教授を受けたことがある――彼が実際に人間相手の戦闘で剣を遣うところも一度だけ見たことがあるが、正直言って一生かかっても追いつける気がしない。

 はじめてライに会ったとき、彼はまだ十五歳の誕生日を迎えて間もない少年だった――彼の世界の一年はエルンの一日で数えて八日ほど短いというが、この世界エルンにやってくるまでのわずか十五年間の時間をいったいどの様に使えばこうなるのか、この若者は自分よりも五割は重いガラの巨体を剣の一撃で人形の様に易々と吹き飛ばし、トマトもまともに切れない様な雑な造りの剣で周囲に巨木があろうが岩塊があろうがおかまい無しに人間の体を障害物ごと両断する。

 死体を片づけたのは広場と地下牢だけで、兵舎内の敵兵はそのまま放置している――リーシャ・エルフィが足を踏み入れない場所を気にかけても仕方無い。もうひとつの理由が、ゲイルが放置する様命じたことだ――背後の石壁もろとも肩を割られた仲間の死体、賊が状況を把握しようと砦内部を調べれば、必ずそれを目にすることになる。

 観察眼のある人間がを目にすれば、まず追跡しようとは思わないだろう。賊の体を壁にはりつけにした折れた剣先と、別の賊の胸に突き立てられたままになったその手元――ライは室内でふたりの敵を斃したが、凶器を見ればひとりを相手にふたりがかりで襲いかかって撃破されたのはすぐにわかる。

 ライが言う善後策というのはつまり、こちらが少数であると判断して――出来るかどうかは別として――どんな達人がいても数で押し包めば斃せると信じて追ってくるか、それとも計画の中止と撤退を選択するかということだろう。

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