第5話

――……? ……?」

 そんなつぶやきを漏らしながら月明かりの下に身を晒し、ライが外套のフードを払う。それでようやく、彼の面差しがあらわになった。

 年齢は二十ほどか――やや頬の削げ落ちた整った面差しは、兵士たちの甲冑同様土をなすりつけた結果薄汚れている。否、顔だけではなく首も、衣服から露出している肌すべてに土をなすりつけてあるのだ。

 黒髪に右目元をふたつ並んだ泣き黒子で彩られたあまり艶の無い黒い瞳、外見の特徴は黄色人種のそれだ――左の眉尻の少し上、額の左端に小さな傷跡があり、それが額と髪の生えている部分にまたがっているために毛根が抉り取られて髪の生え際が一部欠けている。口元は固く引き締まり、それにつられてか眼差しも厳しげだった。

 だが、それ自体は別段おかしくもない――残る兵士たちの姿はまだ見えないが、全員が同じ人種かもしれない。

 異様なのは、彼のその風体だった。

 彼は兵士たちの様に金属の甲冑など身に纏ってはいない。右肩を露出させ左半身だけを覆う様に羽織った外套の下に身に着けているのは肘、脇、鼠蹊部、膝裏など、関節の内側を除く部分すべてを二重に重ねられた分厚い木綿の帆布で仕立てられた、いかにも丈夫そうな衣装だった――胴衣、脚絆ともにおそらく元々は白かったのであろうが、暗い色合いの茶色を主体に黒や濃い緑などで斑点の様にでたらめに色をつけている。左腕の下膊にだけ服の袖とは別の布が上から巻きつけられているのだが、こちらも同様に斑点状に染色されていた。

 。外套も月明かりの下で見ると同様の着色がされており、衣服も外套もまとめて土が塗りたくられている。

 胴衣チュニックの上に黒いメッシュ素材のチェストガードをつけているのは、アーチェリー競技の選手が射撃の際に弓の弦に服が巻き込まれるのを避けるためのものだ――弓道で女子が身に着ける胸を守るための装甲としての胸当てとは異なり、衣服のばたつきを抑えることを目的にしたものだ。

 あらわになった右手には黒く染色した革手袋が嵌められているが、親指の腹側と人差指の両側面、中指の人差指側の側面に当て革がされている――複数ある取り掛け、弓の弦の引き方に対応するためだろう。

 彼は右手でかなり長い矢を保持しているが、また左半身を覆う外套の下から弓の上半分が露出している――人工素材シンセティック・マテリアルで作られたアーチェリー用の弓だ。アーチェリーの選手は弦にリリーサーと呼ばれる器具を引っ掛けて弓を引くので、直接弦に指をかけない――だから韘も必要無い。逆に言うと、彼はその手の補助器具は使わずに自分の手で弓を引くのだ。

 くるぶしのあたりまで届くマント状の外套は今は左半身だけを覆っており右肩を露出させているために、月明かりの下で見ると彼が身に着けている装備品も服の着色同様奇妙なものであると知れた――ベルトには明らかに彼の指揮下にある兵士たちの文明程度レベルでは製作出来ないだろう大小様々なナイロン生地のポーチが取りつけてあり、またナイロン製のストラップで黒いショルダーバッグの様なものを襷がけにしている。

 右の太腿に括りつけられた大型ナイフのシース樹脂カイデックス製のシース本体をオリーヴグリーンのナイロンでくるんだもので、ベルトから吊るし膝の上あたりで固定する様になっている――抜いていないから刃の形状はわからないが、鋼材を削り出して形を整えた中心タングの上にナイロン製のコード巻きつけたラップだけの簡素なグリップの少し上あたり、ブレードの手元リカッソに施されたMANTRACKというアルファベットの刻印がシースの口元から覗いている。小物入れらしいふくらみは、あまり縫製の質がいいものではないのか縫い目から破れかけていた。

 上体には右肩から左腰にかけて襷がけに一周するものと腰部を一周するもの、二本の幅広の鞣革のベルトが巻きつけられており、それぞれにハードレザーの矢筒が取りつけられている。襷がけにしたベルトと平行、斜めに背負った矢筒には数十本の矢が収められており、それに対して腰につけた水平に近い角度の矢筒に鏃が比較的大きいのか、十数本の矢しか収納されていなかった。

 そして外套の下に隠された左手で保持しているのだろう、外套の下から上半分を覗かせているのはほかの兵士たちが携行している様なおおゆみではなかった――人工素材シンセティック・マテリアルで作られた弓の上端部分、和弓であれば末弭うらはずと呼ばれる箇所には真円からかけ離れたいびつな形状の滑車カムが取りつけられ、そこから弓の下端、本弭もとはずに向かってストリングとは別に二本のケーブルが伸びている。ケーブルは若干の角度がついており、おそらく持ち手ライザーの後方あたりでX字に交差して本弭側の滑車カムへとつながっていた。

 ライがもしも――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る