第4話

――」 彼はそんな言葉を漏らすと、連れの兵士たちをその場に残したままひとりで歩き始めた。

 柔らかな地面の助けもあって、彼はほとんど足音を立てない――よくよく目を凝らさないと地面の凹凸や手近な木の根につまづく様な暗さであるにもかかわらず、ライはほとんどペースを落とす事無く木の根や石を避け、地面のくぼみや盛り上がり、段差を躱しながら進んでいった。

 明かりになるものがなにも無く、彼も反射物を身に着けていないために、十数メートルも離れてしまうとその姿シルエットは闇に紛れて視認出来なくなる――百メートルほども向こうだろうか、張り出した木々の枝葉に隙間があるのか月明かりが差し込んでいるのが見えたが、彼はそこまでは進まなかったらしい。

 ややあって数十メートル離れた場所で、なにかが光る――火花の様なものが虚空に散り、亡霊の様にほんの一瞬だけ暗闇の中に棒立ちになったライの姿が浮かび上がった。

「ダー、ソル」 メルと呼ばれた女性が、ほかの兵士たちに向かって声をかける――兵士たちがうなずき交わして身を起こし、こちらはライほどには夜目が利かないのか慎重な足取りで彼のほうへと歩き出した。

 周囲に当面の脅威は無いと判断したのか、それまで肩付け据銃ハイレディで構えていたおおゆみの鏃を下に向けている――つまるところライが閃光を信号サインとして用いたのも、周囲が安全クリアだと判断したからだろう。

 彼らはライの姿が暗闇の中でもある程度判別出来る距離まで近づくと、

「ズジャヤ?」

「ケル、ジリ」 ライが兵士たちの発した言葉にそう返事をして、そのまま歩き出す――二十数メートルほど歩いたところで、

「ズジ・ファーム……?」 なにに気づいたのか、兵士たちのひとりがそんな言葉を口にする。

「軽油だ」 ライがその言葉に対してだろう、言葉少なに返事をする。

「ケイユダ……?」 ライの返答は日本語だった――だから『軽油』と『だ』の区切りもわからないのだろう、戸惑い気味におう返しにする声に首をすくめ、ライはそのまま歩を進めていった。

「ジャ――」 地面を月明かりが照らし出しているその手前で足を止め、兵士たちが驚愕の声をあげる。

 彼らの視線を追ってみよう。

 彼らが気にしているのは頭上から差し込む月明かりに照らし出された、明らかに異質な異物だった。

 黄色と青で塗り分けられた、巨大な箱状の部分キャビン。それがなんであるのかなど彼らが知るよしも無い、いくつも取りつけられた黒い弾性の素材に空気を満たした車輪。

「ジャ――ザ?」 ライがメルと呼んだ女性が、困惑気味の声を漏らす。彼女は横転し大破擱座したを指差して、

「ジャザ・ラァル、ライ?」

 あれはなにか、とでも尋ねたのだろうか。彼らの言語には、を表す適切な単語ワードはあるまいが――

「バスだ」 そう返事をして、ライがその場で立ち上がる。

「バスダ?」 兵士のひとりがそう尋ね返したのは、先ほどの軽油同様バスという単語を知らなかったからだろう――先ほどの軽油と同様、『バス』『だ』ではなく『バスダ』というひとつの単語として受け取ったのだ。

「ナン、バスダ――エル、バス」 ライがそう答えると、やはり理解が及ばないのか兵士たちは首をかしげた。

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