第61話

 視線を向けると、いわゆる『豚の丸焼き』の体勢で猪の死骸を吊り下げた竹をふたりで担いだライとガラの姿が視界に入ってきた――身長差がありすぎて竹が斜めになり、どうにも運びにくそうではある。ライは順調に猟果を挙げたからか腕を振り回しながら上機嫌で歌っているが、ガラのほうはもう少しライと身長の近い同僚に任せるべきだったと顔に書いてあった。

 ガラが何事か背後から話しかけ、ライが続けて歌っていたFall Out Boyの『Don't You Know Who I Think I Am?』を中断してそちらを振り返る。どういう会話があったのか、ライは何事か返事をしてから英語に切り替えて先を続けた。

人から聞いた話ではI don't know, but I've been told――」

 なんだかもう嫌な予感しかしない歌に顔を顰めるが、無論それだけで康太郎の心情は彼に伝わらなかった。

エスキモーのプEskimo Pu――」

「ジェイ――!」 金髪の少女も含めた現地住民全員が太陽を追う向日葵の様にそろって彼のほうを振り返り、これまたそろって大声をあげる――まさか英語の歌詞の内容がわかったわけでもないだろうが、止めてくれてよかった。せっかくここまで全年齢向けできているのに、危うく年齢制限がつくところだった。

 近くにいた同級生が防柵の門を開けると、ライとガラはそこから野営地の中に入ってきた。

 防柵の内側にはふたつに折れた飛行機の機内に設置されていた様なA字型のフレームを向かい合わせに設置し、そのAの字の頂点部分同士を丸太で連結して作った構造物がある――なんらかの作業台であるらしくテーブルとして使われていた機内のものと違って天板が無く、また竹で作られていた機内のAフレームと異なりこちらは太腿くらいの太さの丸太を組み合わせて作られている。

 ふたりが構造物の前で足を止め、足元の地面に猪の体を降ろす。ライは猪を置いて多目的装輪車輌H M M W Vに歩み寄り、車内からキャプテンスタッグのロゴが入ったプラスティック製のコンテナを運んでくると、それを作業台のそばに置いた。

 濃い緑色の蓋の上に、錆止めのためか真っ黒に塗装された金属の棒と木製の分厚い円盤、それに束ねられたロープと水色にアルマイト着色された登山用のカラビナが載っている。

 AフレームにはアルファベットのA字と違って横木は低い位置と高い位置に二本あり、高い位置にある横木にはほぼ中央に近い位置に貫通穴が開けられている――なんだろうと思って眺めている康太郎の視線の先で、彼は金属の棒を一方のAフレームの横木に開けた穴に丸太の穴に通してから棒を木製の円盤の中心に穿たれた穴に通し、それからもう一方の丸太に開けた穴に差し込んだ。円盤の厚みは十七、八センチほど――丸太をぶつ切りにして円形に削り出し、中心に穴を開けて外周に溝を彫ったものだ。

 二本の丸太の穴に金属の棒を通せば、円盤は自由に回転出来る状態になる――なるほど、あれは滑車だ。運び込んだ猪を、滑車を使って吊り上げるためのものだ。

 どうやら機内のものとは違ってテーブルのたぐいではなく、獲物の解体のための作業場であるらしい。

 ライは謝意を示しているのかガラの腕をポンと叩き、猪の足を竹に括りつけた縄をほどきにかかった。

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