第60話

「なに?」

「あの男――龍華たちばなだったっけ? ずいぶん長く話してたけど、本当におまえの知り合いなのか?」

「俺のじゃない――正確にはあいつは弟の連れだ」 康太郎はそう返事をしてから、頭に手を遣ってちょっと考えた。

「北海道の酪農家だって聞いてる――弟はあいつの実家に行ったことがあるはずだ。昨日腕の治療を受けてるときに、あいつら兄弟と俺たち家族しか知らないはずのことを話してたから、本人で間違い無いと思う」 そこでいったん言葉を切り、昨夜の記憶をたどる――ライはバスの横転の際に打ちつけた左腕の治療をしながら、彼の弟や姉妹の近況を尋ねたりしていた。以前会ったときは弟に比べると寡黙な印象があったが、姉にパソコンの扱いを尋ねられて説明したりもしていたから別段そういうわけでもないのかもしれない。

 あるいは女性に対しては饒舌なだけかもしれないが――失礼なことを考えながら、自分の左腕に視線を落とす。ジャケットには損傷が見られないものの、生地の下の左腕には包帯が巻かれている。

 包帯の下には綿のガーゼと、いささか馴染みが無いが薄切りにした馬の肉が当てられている――砦を出発する前に打撲傷を負った者が数人いるのを確認したライが、砦内で食用に解体されていた馬の肉のうちまだ焼かれていなかったものを一部持ち出したのだ。

 聞くところによると馬肉に含まれる油分には消炎作用があり、このために馬肉は理想的な湿布薬になるのだという。ライの話では一九三六年にプロ野球巨人軍の監督藤本定義が登板が続いて肩を痛めたエース沢村栄治の肩に馬肉を当てさせたり、福岡ダイエーホークスの監督だった王貞治が脚の打撲で途中交代した秋山幸二に馬刺しを贈ったという逸話があるらしい(※1)――馬肉が滋養強壮食として知られる熊本県出身の秋山は湿布用だとは気づかず、そのまま食べてしまったそうだが。

 またSNSでの話だが、第六十八代横綱朝青龍が追手風部屋の遠藤の膝の負傷を聞いて、生の馬肉を痛めたところに貼ると治りが早くなるという趣旨のメッセージを発したこともあるのだという(※2)――本人に伝わったかどうかまではわからないが。

「こういうことを知ってるのは――親父さんの影響らしい。今は家業の牧場を継いでるけど、昔は自衛隊の特殊部隊員だったんだとよ――防衛医大を卒業してから一般隊員として入隊し直したんだって話を、前に俺の家に泊まりに来たときに聞いたことがある」

 なんとなく『ランボー:最後の戦場RAMBO』のころのシルヴェスター・スタローンを父親の想像図として脳裏に思い描きつつそんなふうに続けたとき、ライが姿を消した方向から割と上機嫌そうな歌声が聞こえてきて、康太郎はそちらに視線を向けた――かたわらの篝籠からばちりと音を立てて舞い上がった火の粉が頭の回転に合わせて視界を横切り、一瞬ではあったが子供の落書きの様な乱雑な軌跡を描く。

 Fall Out BoyのTHE PHOENIX――康太郎もCDを持っているからわかる。

 ネイティブと言われても違和感の無い驚くほど流暢な発音で、若干アレンジの加えられた歌い方で歌詞の格好良さが増している――そういえば実家近くにある父方の祖父が経営する居酒屋で夕食を摂ったとき、ライがカラオケでNickelbackを披露して飲食に訪れた在日米兵からやたら好評だった記憶がある。


※1……

https://www.youtube.com/watch?v=OwrfaTygzGY

 本人による再現VTRがこちらです。実際よりも怪我が酷くなってるんですけどそれは。


※2……

https://togetter.com/li/794206

 時々作品中のURLがリンクになってる人を見かけるんですが、あれどうやるんでしょうね?

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