第19話

 誘導殺傷もまた読んで字のごとく、拠点を守るために設置していると見せかけた罠で敵兵を誘い込み一網打尽にするものだ。

 無論、トラップ自体は本物だ――違うのは拠点防衛のためのものではなく、敵を十分奥まで引き込むためのものであるということだ。強いて言うなら、ほんのちょっぴりあからさまにして発見されやすくすることだろうか。

 トラップを躱しながら拠点とおぼしき天幕の近くに敵兵がたどり着いたときには、すでに彼らは特大の罠に嵌まっている――実はその天幕の中には誰もいない。彼らが通り過ぎたあと、その移動経路に仕掛けられ彼らが解除したトラップはふたたび仕掛け直され、さらに追加のトラップが大量に設置されている。そして十分に彼らが奥に入り込んだ時点で、拠点の設営地の周囲にひそんでいた兵士たちが集中砲火を仕掛けるのだ。

 罠にかかった敵兵たちは斃れ、運よく逃げ出した者も解除したはずのトラップや見落としていた――実際には追加で設置されていた――トラップにかかって足を止められ、さらに別動隊による十字砲火に加えて追いついてきた者たちの追撃で三方向からの攻撃を浴びせられて、悲惨な運命をたどることになる。

 この場合はいずれも出来ない――川の中に罠を仕掛ければ敵に川伝いに逃げたと教えている様なものだし、下手に罠を仕掛けるとエルンで唯一の狩人であるライが一緒にいることを勘づかれる可能性もある。ライは効果的なトラップを――対獣用、対人用を問わずに――いくつも知っているが、アーランド兵はそうではない。下手に凝った罠を仕掛けると、馬脚を現すことになる。

 そういったことを説明しようかとも思ったが、やめておく――こと戦いに関するノウハウは、必要以上に彼らに教えるべきではない。ライ自身が彼らと事を構える事態になったときのことを想定すれば、彼らに余計なことを教えて自分がその餌食になるリスクを冒すことは無い――アメリカ軍やイギリス軍だって、かつてイスラム聖戦士ムジャヒディンに技術と装備、知識を提供した結果、アフガンで酷い目に遭っている。挙句に自分たちが供与した地対空誘導ミサイルスティンガーで、散々煮え湯を飲まされたのだ。

 シリアにしろイスラムの国イスラミック・ステイトにしろ、流出した難民に武器を与え訓練を施して戦わせようとしないのも同じ理由だ――潤沢な補給、高度な兵器、戦術論。それらを与えることでアフガンの二の舞になることを恐れているからだ。

 一度あれだけ散々な目に遭ったのだ。二度同じことを繰り返そうとは思わないだろう――ライがドナルド・トランプの立場でも同じことをする。と学習してしまっているから問題が起きるたびに毎回泣きついてきて鬱陶しいだろうが、まあ鬱陶しいだけのほうが武器を手に牙を剥いてくるよりは扱いが楽だ。少なくともあまりに鬱陶しくなれば、過激派もろとも吹き飛ばすことが出来る。

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