第48話

 

   §

 

 透明な樹脂製の手提げケースを手に、ライは野営地の門から外に出た。機体の墜落の際に巨樹が薙ぎ倒されて開けた飛行機の周囲と違い、この野営地は周囲の巨木のせいで防柵の線が曲がりくねっている。

 そもそも飛行機の野営地と違って場所を取る物体が無いので、防柵を広くとることに意味は無い――この森に樹上生活を送る獣はいないので、防柵を越えて侵入されることは無い。ライが気づいていないときに接近されるのを防げれば、それで十分だ。

 ライはそんなことを考えながら二株の巨木の根元に張りめぐらせた警報装置の作動紐トリガーの前でかがみこみ、作業の邪魔になるコンパウンド・ボウをケースから取り出して脇に置いた。

 水をたっぷり含んだ脚絆と内部まで水の入った長靴が不快ではあったが、その不快感は無理矢理意識から締め出して作動紐トリガーの補修作業にかかる―― 作動紐トリガーの切れた両端を掴んで引き寄せると、頭上で鳴子がたがいにぶつかりあってシャランシャランと音を立てた。

 切れた作動紐トリガーを手繰り寄せようとしたところで、ライはいったんその作業を止めた。作動紐トリガーを手放したことでいったん張っていた鳴子の吊り紐がふたたびたわみ、頭上で鳴子がしゃんしゃんと音を立て――

 次の瞬間、ピュンという軽い風斬り音に続いてばちっという打撃音が響く――ライの挙動に気づいて出てきたミトロが剣を抜こうとしているのを、ライは片手を挙げて制した。

「どうしたんだ?」

「蛇だ」 肩越しに視界に入ってきたミトロがなかばまで抜き放った剣を鞘に戻しながら投げてきた質問に、そう返事をする――ライが振り回したパラシュートコードの先についていた金属の棒が、手近にあった別の巨木の太い根を乗り越えて近づいてきていた蛇の頭を叩き潰したのだ。

 一撃で頭蓋を破壊された蛇が、その場でぐったりと全身を弛緩させている――円柱状に削り出された銀色の金属の棒は、チタンの無垢材で作られたものだ。直径は十ミリそこそこ、長さは百二十ミリほど、末端に穿たれたストラップホールに一端を結わえつけられた長さ一メートルほどのパラシュートコードの反対側の一端が、ライの小指に引っかけた直径三十ミリほどの金属のリングにつながっている。金属リングにはナス環が取りつけてあり、チタンの棒と一緒にパラシュートコードに通した小さな金属リングにつなぐことでパラシュートコードをふたつ折りにして首にかけることが出来る。

 地球にいたころに携行していた護身用のだ――パラシュートコードの先端についた金属の棒を万力まんりきの様に振り回して対象を打擲する、中距離戦用の装備だ。純チタンの無垢の棒なので質量はいいところ六十グラム程度、人間をそれだけで斃すほどの破壊力は無いが、細かい骨の集まった手の甲などを狙うことで武器を奪ったり拳を作れなくすることが出来る――無論、鼠や栗鼠などの小動物程度であれば一撃で殺せる。

 力を失ってだらんと弛緩したパラシュートコードを腕の動きで手繰り寄せ、ナス環と金属リングをつないで首にかけ直す――先端の金属が汚れていたが、ライは気にしなかった。金属リングもナス環も含めてすべてチタン製なので、あとで水洗いすればそれで済む。

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