第21話

 勇者の弓シーヴァ・リューライが格子の横木に足をかけ、そのまま落差の大きい段差を登る様にして床を蹴る――彼は金属の棒を縦横に組み合わせた格子を二段蹴って駆け登ると、そこから背後に向かって跳躍した。

 背後から駆け寄って背中から斬りつけた賊のひとりが、攻撃の空振りに舌打ちを漏らす――振るった剣の鋒が格子に衝突して火花を散らし、それに驚いたのか若者が格子を掴む手を離した。

「――アトデキイテヤルヨ」

 異界の衣装を身に着けた若者たちへの返事の続きなのか、そんな言葉を口にしながら――勇者の弓シーヴァ・リューライは背中越しに賊の頭上を跳び越えて彼の背後に降り立つと、彼の動きに対処しようと振り返りかけた賊の背中へと踵をまっすぐに突き込む様な蹴りを叩き込んだ。

 上体を捩る様にして転身していたために、その蹴りを脇腹に受けることになり――蹴り足に押される様にして吹き飛んだ賊が正面の格子にこめかみをぶつけて小さなうめきを漏らした次の瞬間、勇者の弓シーヴァ・リューライが前に出る。

 格子を肘で押す様にして体を離し、ふたたび背後を振り返ろうとした賊の頭部を短剣ガーヴを保持したままの右手で掴んでさらにもう一回側頭部から格子に叩きつけ――彼は弓を保持したままの左腕を押しつける様にして賊の体を固定し、続く一挙動で右手で保持していた大ぶりの短剣ガーヴを賊の背中に突き立てた。

 からぁん――取り落とした長剣が床の上で音を立て、肺を貫かれた賊が弓形に背中を仰け反らせて水音の混じった悲鳴をあげる。

 次の瞬間、水音の混じった賊の悲鳴がごぼごぼという嗽の様な音に変わった――ライが突き刺さった短剣ガーヴの柄頭を掌で押して、刃の柄元まで完全に押し込んだのだ。

 幅広の刃を備えた短剣ガーヴは肋骨の隙間から肺を貫通し、ものの数秒で敵に致命傷を与える――あとは肺に溜まった自分の血で溺れ死ぬだけだ。

 薄情な子供が壊れたおもちゃを投げ棄てる様に――適当に放り棄てられて床の上に俯臥せに倒れ込んだ断末魔の痙攣を繰り返す賊の背中、傷口のそばに踵を叩きつける様にしてかがみ込んだ勇者の弓シーヴァ・リューライが突き刺さったままになっていた短剣ガーヴの柄に手をかける。彼は賊の体を足で押さえつけ、短剣ガーヴの刃を傷口から引き抜いた。

 もはや悲鳴をあげることもかなわないまま賊の体がびくりと大きく痙攣し、その血糊がべっとりとこびりついた短剣ガーヴの刃を目にした若者たちが牢獄の中で後ずさる――その反応からすると、あまり荒事には慣れていない暮らしを送っているかもしれない。

「わ、わあああああああっ!」 右肩を矢で貫かれた賊が、牢獄につながる斜面を駆け降りてくる――肩口から飛び出した血のついた鏃は木の葉の様な形状の小ぶりなもので、アーランド王国軍の弓兵部隊が制式装備品として採用しているものだ。

 勇者の弓シーヴァ・リューライは自分の使う矢は自分で作る――本人いわく、長めの矢柄を持つ矢が好きらしい。今そうである様に、彼はふたつの矢筒に異なる形状の鏃を持つ矢を納めて持ち歩いている――おそらく殺傷能力を重視したものと遠距離射撃用、二種類の鏃を備えた矢を状況に応じて使い分けるのだ。

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