第20話

 そんなことを考えたとき、左手で異形の弓を保持した若者が広場へとつながる斜面の上から姿を見せた。

 暗い色合いの茶色を主体に濃緑や黒を斑点状に散らした様な特異な染色の狩猟装束を身に纏い、外套と一体になった頭巾を目深にかぶって口元も布で覆っている。

 勇者の弓シーヴァ・リューライは斜面を降りきると、折り重なる様にしてうつせに倒れ込み身動きも取れないまま悶絶しているふたりの男たちに視線を向けた――侮蔑を隠そうともせずに手にした弓を一度足元に置いて右太腿に括りつけた鞘から大ぶりの短剣ガーヴを抜き放ち、賊のそばへと歩み寄る。

 彼は上になったひとりの髪の毛を左手で掴んで頭を引き起こすと喉笛を引き裂いてから体ごと脇に投げ棄て、続いてその賊の体の下敷きになっていたもうひとりの賊の背中を足で押さえつけた。背骨の脇から肋骨の隙間を通して短剣ガーヴの鋒を刺し入れられた瞬間大開きになった口蓋からほとばしった水音の混じった悲鳴が、次の一瞬で止まる。

「ふん」 ふたりの賊にとどめを刺したところで血まみれになった短剣ガーヴの刃を拭おうともしないまま自分の弓を拾い上げ、ライは斜向かいの牢に幽閉された若者たちに視線を向けた。見たことも無い異国の衣装を身に着けた若者が、無事でいる者だけでおそらく三十人から四十人――人種的な特徴は、勇者の弓シーヴァ・リューライとほぼ同じ。正確に何人いるのかは、牢すべてが視界に入ってこないのでわからない。

「ホウ――コレハコレハ」 それが彼の母語なのか、勇者の弓シーヴァ・リューライが覆面越しのためにくぐもった声で聞き慣れない言葉を口にする――だが彼らにとっては耳慣れたものだったらしく、眼前で賊二名に平然ととどめを刺した彼の行動に顔色を失い後ずさっていた若者のうち数人が格子に歩み寄った。

 そちらに視線を向けたまま、ライが目深にかぶっていた頭巾を背中に払いのける――口元を覆う覆面を顎先に引っかける様にしてずり下げると、その容貌があらわになった。

 格子の中に囚われている若者たちと同じ民族だろうか――黒い髪はやや色素が薄く、太陽を背負うと赤毛に見える。額の左側、眉尻の上あたりに水平に走った小さな傷跡が肌と頭髪の生えている範囲にまたがっているために、彼の髪の生え際は毛根をえぐられて雑に扱った磁器の縁の様に一部欠けている。

 もともとは造作も整っていたのだろうが、今は頬の肉が削げ落ちて厳しげな印象を受ける――右頬にふたつ並んだ泣き黒子が彩る双眸は、相対する者を視線だけで斬り裂きそうなほどに鋭い。黙っているときは奥歯を噛む癖があるために引き締まった口元につられてやや険しげな目つきが剣呑な印象に拍車をかけているが、笑うとどんなに穏やかな表情を見せるのかをリーシャ・エルフィは知っている。

「ニ――ニホンゴ? ア――アンタ、ニホンジンカ。タノムヨ、タスケ――」 言い募る若者たちの言葉を、ライは適当に片手を挙げて制した。

「ワルイガ、イマハシゴトチュウデナ。ハナシハアトデ――」 格子を掴んで話しかけてくる若者にそう返事をして――それで言葉が終わりなのか、それとも途中で切ったのか。それはリーシャ・エルフィにはわからなかったけれど。

 警告を与えるいとまも無かった――あるいはリーシャ・エルフィに警告などされるまでもなく、最初から気づいていたのか。

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