第29話

 

   §

 

 ぼうっ――メルヴィアが投げ落としたが地面に触れるよりも早く、ライとメルヴィアが陣取った射撃位置の下で壁に寄せる様にして集められていた装備品類が音を立てて炎に包まれた。まるで空間そのものが燃え上がったかの様に――事前にライが投げ落とした水筒に入っていた、とかいう燃料油のせいだろう。

 同様、異界の技術の産物だ。そんなものをどこで手に入れたのかはわからないが、アーランドで手に入るどんな燃料油よりもよく燃える――ライが言うには、高酒精度の蒸留酒もいい感じに燃えるそうだが。

 ライが言うにはも酒精も、最初は自体が燃えているだけらしい――彼の言葉を借りるなら、も酒精も液体の状態で燃えるわけではないのだそうだ。

 水が温めると湯気を立てる様に、や酒精も目に見えない湯気を発する――ただしや酒精は水と違って、わざわざ温めなくても湯気を発するそうだが。

 そしてや酒精の湯気は、空気と混じりあった状態で火花や種火などの点火源に触れると容易に引火する――ただしすぐに燃え尽きてしまうというが。

 気化したや酒精の炎は、燃え移る対象が無ければ一瞬と言っていいほどの短時間しか持続しない――先に投げ込んだ木炭に燃え移るほどの時間も無い。ライがの炎を使って着火させたのは、砕いた木炭に大量に混ぜ込んだ銀色の削り粉だった。

 これも異界の技術で作られたと呼ばれる金属の塊は、刃物や鑢で削って細かな粉状にすると瞬間的に強烈な閃光と高温を発して燃えるのだという――こちらもあっという間に燃え尽きてしまうが、その前に木炭の粉に火がつきさえすればいい。そして一緒に投げ落とした木炭に燃え移った炎は、すぐに彼らの装備品へと燃え広がるだろう。

 木製の外装に納められた長剣や弓、木製の棍棒。

 乾燥させた材で作られたそれらは、ちょうどいい薪も同然だった――あっという間に材に炎が燃え移り、装備品全体が炎に包まれてゆく。

「なんだ?」 立ち上がって背後を振り返った賊の足元で竹の容器が倒れ、中に入っていた乳白色の液体がこぼれ出して地面に広がってゆく――おそらく中身は庶民にも手に入りやすい乳酒リンドのたぐいだろうが。

「火の粉でも飛んだのか?」

「まずい、火を消し止めるぞ」 焚き火を囲んで宴に興じていた賊のひとりが、仲間に呼びかけながらその場で立ち上がる――ふたりの賊があわてた様子で近づいていったのは南西側の壁際に近い場所に止めてあった荷車、その手前に立てて並べた数本の樽だった。

 荷車の木製の車輪の(作者注……車輪のスポークのこと。こしき、つまり車軸に直結したハブと外周の車輪タイヤをつなぐ、馬車の場合は放射状に延びる無数の棒状部品。車体を支え衝撃を吸収する。車輻しゃふく)に、非常用の鞍をつけられたままの馬車馬が二頭つながれている――鞍がつけられたままなのは、はずし方がわからなかったのだろうか。

 残りの樽が蓋を取り除かれているのに対して、並べられた樽のうちの一本ははずした蓋が開口部をふさぐ様に載せられたままになっている――その上に小さな樽に取っ手をつけた様な木製の杯が置いてある点から察するに、その樽には飲料用もしくは調理用の水が入っているのだろう。

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