第33話

 そしてそのためには、まず敵の一日の流れを知らなければならない――睡眠を取っていた兵員が起き出すのは何時ごろか、立哨が交代するのは何時間間隔か。敵の総数は何人いて、そのうち襲撃をかける時間帯に活動しているのは何割程度か。

 長距離巡回パトロールL R R Pは何組編成されて一日に何度巡回し、何時に出て何時に拠点に帰還するのか。

 交代しながら人間が常駐している様な建物はあるか、食事を摂るための施設がほかにあるのに特定の建物に食糧が届けられたりといった不自然な動きは無いか。もし確認出来た人数に対して食糧が多すぎたり、交代しながら食事のために外出しているのに食糧を運び込んだりしていた場合、その建物が病院や診療所などの医療施設でもない限り建物内に移動させられない食い扶持――監禁している人間がいると見ていい。

 病院や診療所であれば入院患者のための食事ということになるが、その建物が病院や診療所のたぐいであるかどうかは傷病者の出入りや包帯や縫合器具などの医療資材や薬品が運び込まれているか否かで容易に判別出来る。

 村や建物への侵入を監視するビデオカメラのたぐいはあるか、あるなら固定式か可動式か、可動式であるなら可動範囲はどれくらいか。パラボラアンテナなどの強力な通信設備はあるか、発電機や燃料タンクはあるか、外部から送電されているのならどこまでさかのぼれば村を丸ごと停電させられるか。

 駐車場や駐輪場はあるか、ヘリチョッパーなどの駐機場はあるか。それらのスペースが使われていたとして、配置された機動装備に接近し、破壊出来る死角はあるか。

 定置式の大型機銃マシンガンなどはあるか、あれば一台の機銃でカバー出来る射撃範囲キルゾーンはどの程度か。射撃範囲が重ならない死角はあるか、大型機銃の隙を補う小型の機銃ギンピー迫撃砲モーターシェルなどは無いか――無論この世界にはそれらのいずれも無いが。

 拠点そのものの破壊及び防衛戦力の殲滅ではなく特定の人物の排除や拉致、救出を目的としているのならその標的が間違い無く拠点にいるときに攻撃をかけなければ意味が無いし、また逃がしてもいけない。

 出来ればその拠点を見下ろせる場所に監視所O Pを設置し、数日かけて情報を集めたい――だが砦を見下ろせる場所は無いし、先ほどの足音から察するに彼らは今酒盛りの真っ最中だ。予想どおりだ――作戦の成功に浮かれ、気を緩めている。

 あまり時間はかけられない――情報収集の時間は不十分だが、襲撃のチャンスは今をおいてほかに無い。

 肝心なのは、あの拠点に間違い無く救出対象パッケージ――リーシャ・エルフィがいるかどうかだ。彼女がすでにほかの拠点に移されていたなら、この場所に襲撃をかけるのは無駄に時間をついやすだけでなく敵の警戒を促すことにもなりかねない。

 無論、この状況で彼女がほかの拠点に移されている可能性は低い――今の状況で、彼らが戦力を分割する意味は無い。その一方がなんらかの作戦行動のための準備をするでもなく、漫然と酒盛りに興じているのならなおのこと――それなら最初から全員でそっちに行っているはずだ。

 あらゆる状況証拠は、リーシャ・エルフィがあの砦に移送されたことを示唆している――だが彼女が間違い無くあの場所にいることを確認するまでは、攻撃を仕掛けることは出来ない。彼女が別の拠点に移送されていた場合ただ時間を無駄にするというだけではない、襲撃を気取られてリーシャ・エルフィを殺害される可能性がある。

 古来より、いくさは拙速をたっとぶとう――多少遣り方がつたなくても、対応が早いほうがいいという意味だ。だが遣り方がつたなくても素早い行動よりも、遣り方が巧妙かつ正確で、結果としてより確実かつ迅速であるほうがより優れているのは言うまでもないことだ――そしてまた、兵は機を貴ぶものだ。

 そんなことを考えながら、ライは山砦の様子を脳裏に思い描いた。

 山砦の出入口は、東西両側面にある――南側の防壁には、防壁の南側に出られる門は設けられていない。例の伝説にある通りに魔物シャーイ――魔物シャーイというのは比喩表現で、それくらい恐ろしい軍勢だったということなのだろうが、とにかく魔物シャーイの群れとの戦闘を想定しその侵攻を防ぐための防衛線であったのならば、門を設けることに意味は無い。

 万里の長城であれば平時は通れる様にところどころに門があるが、それは平時は北匈と交易があったためだ――だが魔物シャーイと交易があったとも思えないし、魔物シャーイがいなければ砦の南側はただの森だ。交易の相手などいない。

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