第38話

 言ってしまえば半裸の恰好でしかないメルヴィアが、気楽に出歩いていい時間帯ではない――先ほどそうであった様に、気温が高いために冬であっても虫も多い。ライとしては着替えさせたかったが、ライの着替えがここには一着しかない。

 普段は複数常備しているのを、以前狩猟に出て雨に降られたときに使って補充していなかったからだ――舌打ちをしたい気分ではあったが、まあ言っても仕方が無い。だからリーシャ・エルフィの近接護衛という建前で、彼女には暖かい機内にいてほしかったのだが――

「だからライの外套に入れてよ」 というあっけらかんとした返答に、

「これも兵隊あいつらのとたいして変わらんぞ」 土を塗りたくった外套を見下ろして、そう返事をする。もちろん中に着た狩猟用の迷彩服も、土と草の切れ端が大量にくっついている。

「いーよ、別に」 という返答に外套を脱ごうと留め具に手を伸ばしたとき、メルヴィアはそれよりも早くライの膝の間に腰を下ろした。胸にもたれかかる様に体重を預けて肩越しににぱっと笑いかけてくるメルヴィアに小さく息を吐いて、外套で彼女の体ごと包み込む様にして後ろから抱きすくめる。

 そのまま隙間を詰める様に抱き寄せると、メルヴィアはそれに逆らわずに体を寄せてきた。かたわらに置いた弓と同じくらい肌に馴染んだ、柔らかく温かな感触。

「わあい」 うれしげに笑うメルヴィアに、ちょっとだけ表情を緩めそうになり――軽く息を吐いてから、

「今は仕事中だぞ」 職場恋愛でじゃれついてくる後輩の公私混同を窘める先輩彼氏というのは、こんな気持ちなのかもしれない。そんなことを考えつつ注意するが、

「休憩中だよ」 と答えてくるのに溜め息をついて空を見上げたとき、腕の中のメルヴィアがこちらを振り向こうとしたのか身じろぎした。

「ねえ、あの子たち見て思い出した? 故郷のこと」

「まあ、それなりにな――天涯孤独だったわけじゃないんだ、俺だって家族を思い出すことくらいあるさ」 ライはそう返事をしてから、耳元でささやく様な形になっていることに少しだけ苦笑した。

「ね、家族はどんな人たち?」 自分の故郷の話は、実はメルヴィアにはあまりしたことが無い――帰還の目途が立たない現状で里心がついても、害にしかならないからだ。

「どんなと言われてもな――まあ両親と祖父母は総出で俺と弟にいろいろ教えてくれたよ。ここに飛ばされてきたのが俺じゃなく弟でも、まあ過不足無くやっていけただろう」

「弟さんも弓遣い?」

「ああ。でもあいつは工科学校に入ってて――」

コー学校ガッコー?」 聞き返してくるメルヴィアに、ライは一瞬考えてから、

「俺の国で職業軍人になるための養成組織だ――といっても士官じゃなく兵卒だがね。その施設に入ってて都合がつかなかったから、俺と一緒に大会に参加しなかった。もし都合がついてたら、今ごろ弓の勇者シーヴァ・リューはふたり組だっただろうな」 ライはそう答えてくすくす笑いながら、

「そうならなくてよかったよ――せめて弟だけは、向こうに残ったわけだし」

「ライはどうしてその組織に入らなかったの?」

「志望しなかったから」 メルヴィアの質問にそう返事をして、ライは頭上を見上げた。今夜は雲ひとつ無く晴れており、機械文明に汚染されていない清浄な大気のおかげで星の光がよく見える。

 ライの故郷、上川町近郊の高原から空を見上げたときによく似ている――違うのは、見知った星座がただのひとつも無いことだ。

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