第48話

 国軍兵士たちの標準装備の長剣は刃渡り八十五センチ程度の長剣で、まっすぐな鋼材を斜めにカットした、ちょうどシルエットで言えば先端を折り取れる様になったカッターナイフの刃を短辺側に反らせた様な形状になっている。

 刺突に向く様にするためだろう、長剣の鋒が柄の中心線のほぼ延長線上になる様に作られている。鎬は刀身の中心線よりも若干峰側に寄っており、エッジから幅二センチほどの範囲に刀身の輪郭と平行に模様が浮かび上がっていた。

 この世界には日本国内の鍛冶屋で一般的に行われている鋼と地鉄を一体化させることで切れ味と粘りを両立させる鍛接技術や土を塗ることで行う日本式の部分焼き入れ法は無いが、代わりにハーシーンなどで生産される高級刀剣にはそれとは異なる方法を用いた部分焼き入れの技術が取り入れられている。

 部分焼き入れというのは読んで字のごとく、全体を焼き入れするのではなく一部分だけを焼き入れする作業だ。刃物の場合であれば、全体を焼き入れすると均一に硬化するが、代わりに粘りが失われる。部分焼き入れは硬い部分と軟らかい部分が出来て、日本刀の場合硬いがね皮鉄かわがねの部分が受けた衝撃ストレスを軟らかい心鉄しんがね棟鉄むねがねに分散させて受け止めるという、明確に役割の異なる構造になっているのだ――日本刀であれば刃鉄や心鉄、皮鉄や棟鉄でそれぞれ折り返し回数やそれによって決まる硬さが違うので、単に部分焼き入れだけで役割が決まっているわけではないのだが。

 均等に細かくした炭――焼き入れ行程をじっくり見たことはないが、この国で一般的に鍛冶に使われているのは石炭だ――を平らに均した状態で火作りを行い、炭の中に刀身を中に突っ込むのではなく刀身を縦にして砂の様な細かな炭にエッジ側を軽く食い込ませ、エッジに近い十数ミリ程度の範囲だけを集中的に加熱するのだ。火床ほどと水や油で部分焼き入れを行う際には焼き入れしたくない部分の温度が十分上がらない様にするか、もしくは焼き入れしたくない部分が急速に冷却されない様にする必要があるのだが、この場合は前者であると言える。

 それによって鍛接の技術を持たない工房で作られた鋼の一体成型の刀剣であっても、地鉄で鋼を挟み込むことで全体を焼き入れしても素材の硬さの違いで粘りを維持している三枚などの割込み鋼の様に強い粘りと良好な切れ味を両立出来るのだ。

 兵士たちの手にした曲刀に、日本刀の様な複雑なものではないがもんが顕れているのがその証拠だ――先述したとおりオーステナイト化した鉄鋼組織は急冷されるとマルテンサイト化するが、急冷されなかった場合は面心立方格子構造が再び体心立方格子構造に変化してフェライトと呼ばれる元の状態に戻る。

 もちろんそもそもA3点を超えなかった場合も同様で、つまり彼らの曲刀は顕れた刃文を境界線にして硬化したマルテンサイト鋼組織と硬化していないフェライト鋼組織がはっきり分かれているのだ――日本刀の様な複雑な刃文でないのは焼き刃土を塗っていないことと、性質の異なる鋼をチップ状にしたものを加熱と打撃によって一体化させる積み沸かしなどの日本刀の製造工程を経ていないからだ。

 炭素量の異なる鋼は粘りや硬さなどの性質が違うのと同じ様に、外見上の色も異なる――日本刀における刃文は複雑に混ざり合った鋼による色むらと、焼き刃土の塗り方によって決定される部分焼き入れのマルテンサイトとフェライトの境界線によって形成されている。彼らの曲刀の場合は一枚の鋼の板を叩き延ばして形を整え、それを部分焼き入れしただけであるために、刃文の構成要素の一部――マルテンサイトとフェライトの境界線だけが刃文となって顕れているのだ。荒砥ぎ段階の重ね、厚みにばらつきがあるためか浅く波打った刃文はエッジの輪郭と平行に尖端まで続いており、日本刀の様に鋒に近い部分が丸まって峰側へと続いてはいない――日本刀の刃文においてはそれを帽子と呼ぶのだが、刀身の一辺だけを加熱するエルンの部分焼き入れ技術では帽子が形成されないからだ。

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