第9話

 ライは言葉を選んでいるのかそこでいったん沈黙し、しばし考えてから、

「攻撃を仕掛ける前の偵察のときに盗み聞いた会話内容からすると、連中は現金を持ってきた兵士たちを王女を拉致したときと同じ様に煙幕と毒矢の一斉射撃で殲滅する計画だった。変わり映えがしないと言ってしまえばそれまでだが、効果的ではあるだろう――この大陸では手に入らないが、の様に毒性のある気体を発生させるものを一緒に燃やすのも効果的だ」

「一斉射撃による殲滅か――それをするには、」 口をはさんだガズマに視線を向けて、ライが小さくうなずいてみせる。

「そう、それをするにはあの場にあった矢は少なすぎた。リーシャ・エルフィの馬車を強襲したときにほとんど使っちまって、回収する暇が無かったか破損が激しくて回収出来なかったかしたんだろう」 ライはそう言ってから周りを見回して、

「ただ、それは奴らも想定内のはずだ――奴らが襲撃したのは商団の輸送馬車じゃない、一国の王女を乗せた装甲馬車とそれを警護する完全武装の近衛騎兵なんだからな。矢が再使用可能な状態で回収出来るなんて、連中も端から思っちゃいないだろう」

「――となると、補給のあてが必要だな」 話の流れを引き継いだガズマの言葉に、同僚の兵士たちがたがいに視線を交わしながらまばらにうなずく――そんな彼らの様子を確認して、ライが先を続けた。

「そうだ。で、あくまでもに書かれてる通りに計画が進行するという前提に立ったうえでの話だが――」 そんなことを言いながら、ライが黒い皮の装丁の小さな手帳を取り出す。

「あ、それあの男の?」

 メルヴィアの言葉に、ライは小さくうなずいた。

「あの男――ケニーリッヒ・ヴァイルムースの持ち物だ。奴らの実働部隊の指揮官はほかにいた様だが、参謀的な立ち位置だったらしい」 たいして役にも立たなさそうな参謀だがな――胸中で考えていることがまるわかりの胡乱そうな表情で、ライが先を続ける。

「で、これにリーシャ・エルフィの拉致の計画が書かれてた」

「どの程度あてになるんだ?」 胡乱そうなゲイルの問いに、ライがそちらに視線を向ける。

「わからん――ただかなり詰めたところまで書かれてるところをみると、最終的な決定内容に近いものの様に思える。これによると、連中の仲間数人がネイルムーシュに潜伏してる――正確には日付を指定してネイルムーシュに到着する様に、アーランド国内を商隊を装って移動してる様だ」 北にある街道の襲撃現場から東に行ったところにある宿場町の名前を挙げて、ライがそう言ってくる。

 ネイルムーシュは街道にほぼ等距離に配置された宿場町のうち、襲撃現場から東に進んだ先にある宿場のひとつだ――襲撃現場の東側で一番近い宿場町はメルフィックだが、それよりもいくつか離れた場所にある。

「襲撃現場から逃がされた近衛歩兵が持たされてた手紙は俺もデュメテア・イルトに見せてもらったが、身代金の受け渡し場所はヘイルターシュ湖畔――実際にはそこに到着する前に攻撃を仕掛けて現金を奪い取る算段の様だがな」 ライがネイルムーシュよりひとつ西、カルルックとの間にある湖の名を口にする――ヘイルターシュはグラトマコール山とジストマ山脈から流出する幾筋かの川の数本によって形成された湖のひとつで、いったん複数の川の水を一ヶ所に集めてからリストール大河として送り出している。

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