第10話

 王家直轄領に存在する湖としてはメルレイン湖と並んで最大の部類に属する一大湖沼地帯で、水産資源が豊富であるため湖の周囲には淡水漁村がいくつか存在しており、近隣への魚介類の供給源となっていた。

「そこへ移動するのに、樽詰めにされた衣料品が必要だったんだ」 というライの言葉は、一緒に中身を確認したガラなら納得出来る。樽のひとつふたつは、大陸のどこでも一般的にみられる様な平民の着る衣料品だった――未使用、あるいは洗濯したままの状態で衣料品が発見されたその一方で下着のたぐいは無かったが、それはつまり彼らが平民に成りすまして移動する状況を想定していることを示唆している。

 装備を破棄するつもりなのかどこかに集積して隠匿しておくつもりだったのか、それはわからない――あるいは商隊にでも成りすまし、荷物に見せかけて装備を運搬するつもりだったのかもしれない。

 アーランド国内で武器を再調達するあては無いだろうから、おそらく運搬を選択しただろう――襲撃現場からネイルムーシュまでの間に関所は無いから、宿場町の間を往復しながら警備にあたる長距離巡察に見咎められなければそれで問題無い。

 彼らは馬の手持ちが無いが、馬車馬の普及率がさほど高くないエルンでは徒歩で荷物を運ぶ貧乏商会など珍しくもない。荷車の荷物の中には樽のほかに分解された背負しょいがあったから、本来は中身の有無にかかわらず樽を担いで移動するつもりだったのだろう――人数に対して数が足りないから、商人本人と荷物持ちの丁稚に偽装するとかするつもりだったのかもしれない。丁稚奉公をかたるには、ちょっととうが立ちすぎている気もするが。

 ただ、それにしては樽を燃やしてしまっていた行動がわからないが――

 まあ、どこかで別に調達するつもりだったのだろう――それにあんなごろつきまがいの連中のやることなので、行動の妥当性を求めても仕方無いかもしれないが。

 あるいは大量の樽を焼却した痕跡を残すことで、追跡部隊が現場に到着したときに『賊は樽に収納する様な大荷物は持ち出していない』と判断させる誤誘導かもしれない。

 リーシャ・エルフィの身柄を連れ回す必要があるから、そこらへんをどうするつもりだったのか、その点については見当もつかないが――いずれにせよ、彼らにはどこかに移動する計画があったのだ。

 あるいは計画が失敗したときに、一般人のふりをして逃れるためのものだったのかもしれない――ただ計画が失敗したなら高台まで撤退してそこからエルディア国境を越えればいいだけの話なので、その可能性は低いというのがライの見解だった。アーランドにせよエルディアにせよ、その国土南部を占める樹海を東西に貫く高台には国境警備隊が配置されていないからだ。

「装備はどうするつもりだったんだろう?」 あと姫君リーシャ・エルフィも、というガズマの口にした疑問に、ライが手帳をぱらぱらとめくる。

「どうもアーランド国内で荷馬車を調達して、商隊に偽装するつもりだった様だな――リーシャ・エルフィも荷物に偽装する。一定距離ごとに設置された関所で荷物を調べられればリーシャ・エルフィを連れてることも装備を持ち歩いてることも即座にばれるから、関所まで到達しない距離――ネイルムーシュ近郊で計画を完遂するつもりだったんだろう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る