第46話
生死に関係無く下階層で倒れている全員に矢を撃ち込むつもりで七、八本の矢を集めたが、結局必要なのは一本だけだった。
「長剣を貸そうか?」
「否、いい。あんたらに必要になるかもしれんからな」 ライは若い兵士の言葉にそう返事をしてパラシュートコードの端末をガズマに預け、かがみこんで足元に落ちていた粗末な外装の長剣を拾い上げた。
兵士たちが手にしているものもそうだがアーランドで一般的な軍用刀剣はサーベル状の曲刀で、今ライが拾い上げた様な幅広の直剣ではない――おそらくガズマが斃した賊の持ち物だろうが、刀身をひと目見ただけで素人仕事、あるいは手がけた職人の腕が大幅に劣っていることがわかった。
砥石の当たる範囲を研いでから次の範囲に移るやり方で砥いだのだろうが、砥ぎの範囲が移動するたびに刃を砥石に当てる角度が変わり、結果刀身の平滑面に段がついている――刃全体をエッジと平行に砥石に滑らせる様にして砥ぐのではなくエッジと直角方向に滑らせて一部分を砥いでから次に移るやり方で砥いだときに、刃を当てる角度を間違えるとこうなる。
表面がでこぼこして仕上げも雑で、全体に刃の角度が鈍く
地上にはいくらでもある鉄だが、鉄の状態で存在する鉄というのは実は自然界には無い――なにを言っているかわからないとは思うが。ほとんどの鉄は酸化鉄などのなんらかの化合物の状態で存在しており、これを石炭や木炭などの炭素を燃料とした火で熔かすことで酸素を奪い還元する。
たとえばコークスや石灰石を鉄鉱石と一緒に炉に放り込んで加熱すると、大量の二酸化炭素が発生する――そこにさらにコークスを追加で放り込むと、化学反応を起こして一酸化炭素が生成される。
一酸化炭素は周囲の酸化物から酸素を奪い、化学的に安定した二酸化炭素に変わろうとする――この化学反応の際に鉄鉱石中に含まれる酸素を奪って、酸化鉄から鉄へと還元するのだ。
古来日本では、鉄の精錬は酸化鉄ではなく砂鉄、石炭ではなく木炭を用いて行われてきた――この世界の金属精錬は木炭やコークスなどの炭素成分だけを残した燃料ではなく石炭で行われており、また砂鉄ではなく塊のままの鉄鉱石を用いるので、酸化鉄の還元吸炭に時間がかかりマンガンやリンなどの不純物の混入が非常に多い。そのため、鋼鉄の質はお世辞にもいいとは言えない――その中でもこれはかなり低品質だ。
鋼はFe-C、つまり鉄と炭素が結びついたものだ――炭素およびその他の不純物の含有量で硬さや粘り、耐蝕性などの性質が変化し、基本的には炭素量が多いほど硬度が上がる。
鋼の品質は還元吸炭による炭素の含有量と密接に関わっているが、これはかなり炭素量が少ない様に思える――あるいは鍛錬作業や焼き入れの際に長時間火に入れすぎて鋼材の温度が上がりすぎ、炭素が抜けてしまったのかもしれない。
素材もよくないし、砥ぎの腕も優れているとは言いがたい。ほんの数十年前まで農村の建材や日常
材質が一体で出来ており
鉄や鋼などの素材を加熱し、それを水や油などの冷却材に浸けて急冷することで金属組織を変化させ硬化させる作業を
温度などの変化で金属の組織構造が変化することを
この状態の鋼を加熱していくと金属の組織構造が変化して立方体の各頂点とすべての面の中心に原子が位置する面心立方格子構造、Face Centered Cubic――FCCと略称される状態になる。すべての面が一の六面さいころを想像するとわかりやすいかもしれない。この変化を変態とか構造相転移といい、この状態の鋼の組織をオーステナイトと別称する。
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