第51話
さらに壁上通路に敵がいた場合、周囲に視線をめぐらせるだけで確実に視界に入る。ついでに言えば身を乗り出さなければ広場からは完全に死角になるが、広場を目視しようと身を乗り出せばどんちゃん騒ぎをしている連中が頭上を見上げるだけで容易に視界に入ってしまう。
階段を登るのも極めて危険が大きい――階段は剥き出しなので壁上通路に人間がいたら容易に発見されるうえ、こちらからの死角が大きい。出来れば壁上通路に登って、そこから物見塔へ移動するのは避けたい。
となると――いったん距離を離し、十分距離を取って堆積した瓦礫の陰から再度近づくか?
階段の前でしばし黙考していたライは、小石が壁に跳ね返るカツンという音に思考を中断した。
石造りの階段はすぐ横の壁から飛び出す様な形で造られており、内外の階段と一体化した壁を貫く形で出入り口が設けられている――そのアーチ状の構造になった短いトンネルの内側に、誰かが蹴飛ばした石ころが跳ね返ったのだ。
――誰か来る。
階段の陰から、酒精と日焼けで顔を真っ赤にした三十代の男が姿を見せる――この世界の庶民のご多分に漏れず、背は高いものの体格に恵まれているとは言いがたい。禿頭の男はとっさに彼から死角になる高さまで階段を駆け登ったライに気づいた様子も見せず、仕事帰りに一杯ひっかけたサラリーマンの様なふらふらした千鳥足でバケツのほうへと歩いていった。
さいわいなことに
だが、それも数分以内のことだ――こちらに背を向けたままバケツの向こう側で脚絆を下ろし尻を出している男から視線をはずし、ライは壁上に視線を向けた。
彼の視界に入る前に階段を登ったことで気づかれるのは避けることが出来たが、問題はこのあとだ――用を足すまではほんの数十秒、それが済んだらあの男はこちらを振り返る。
さて――胸中でつぶやいて、ライは右太腿に括りつけたシースナイフのグリップに手を伸ばした。
どうする? 始末するか?
日本刀の柄巻の様にナイロン製の
あの男を騒がせずに殺すことは出来る。殺すことは出来るが――仲間が戻らないのをいぶかしんで、ほかの
確実に殺せないのなら殺すな、殺せても痕跡を隠せないのなら殺すな。
仮に奴を痕跡を残さず始末出来たとしても、姿を見せなくなったことを逃亡と見做してほかの
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