第14話
「なんで風呂?」
「ライの家の風呂はすごいんですよ。こう、向こうの習慣だったらしいんですが、ばーっとたっぷりお湯を張って」
そんな会話をしながら、兵士たちがそれぞれ腰に佩いた長剣を抜き放つ――あ、あれでいいんじゃないかという声が風に逆らって聞こえたのを最後に、彼らの話し声は風に紛れて聞こえなくなった。
「なにしてるの?」 鞄の中から取り出した革袋の中身を袋ごと手近に転がっていた子供の頭ほどの大きさの石で殴っているライをいぶかしげに見ながら、メルヴィアが声をかけてくる。
「なに、ちょっとした仕込みだよ。直火を当てないと火がつかないから、硫黄の無いこの大陸で
かなり色の薄くなったポカリスエットのラベルがついたままになったPETボトルから粉末状の硝石を革袋に注ぎ込んでいるライを不思議そうに眺めてから、メルヴィアは話の続きを促そうとはせずに自分も外套を背中に払いながら斜面を降りていった。
兵士たちの作業に参加するつもりなのだろう――金属製品、特に磨き上げられた日本刀の刀身の光の反射は驚くほど遠くから見えるが、彼らが作業している場所は斜面にある疎林だ。斜面をある程度降りてしまえば完全に死角に入るから、
そう考えてメルヴィアを止めることはせずに、ライは自分の鞄の中からマグネシウム
勇気が要るなあ――そんなことを考えつつ、矢筒のベルトに取りつけたナイロン製のポーチからレザーマン・チャージというアメリカ製のツールナイフを取り出す。いわゆる十徳ナイフの一種だが、十徳ナイフの様な固定式のグリップではなくニードルノーズ・プライヤー、つまりラジオペンチのグリップ部分にナイフやドライバー、小型の鋏を仕込んだものだ。
初期のレザーマン製品はいったんグリップを開かないと内蔵ツールを取り出すことが出来なかったが、チャージはグリップを閉じたままでもナイフ二種類と板鑢、鋸を取り出すことが出来る様になっている――いずれもライナーロック式の
実際に使用する機会がほとんど無かったために原形をとどめているマグネシウムの塊に
否、味方に損害を出さずに目的を遂げるために必要なことだが――替えが利くのならいくらでも使い潰してかまわないのだが、問題は新たな調達の宛てが無いことだ。
そんなことを考えて、ライは憂鬱な気分で溜め息をついた。勿体無い、嗚呼勿体無い、勿体無い――ライぞう心の俳句。否季語が無いから川柳か。毒舌先生が相手なら、間違い無く才能無しの太鼓判を押されるところだ。
やがて斜面の下から、束になった枝を小脇にかかえた兵士たちが姿を見せる――彼らはライのそばまで戻ってくると、
「これを全部袋に詰めるのか?」
「なるべく細切れにしてな――狼煙や燻製と同じだ」 そう返事をして、ライは小さくうなずいた。先日の雨のあとなので、斜面に生えた木々はたっぷりと水を吸い上げているだろう――これに火をつければ、さぞかしひどい煙が出るに違い無い。
ひとしきり詰め終わったところで、ライは軽く手を叩いた。
「さて、行こうか――ろくでなしの虫けらどもに、目にもの見せてやろう」
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