第9話
タイヤの轍を視線で追ってみると、まるで目の前に突然現れた障害物を避けようと急ハンドルを切ったときの様に大きく転回しているのがわかった。
「いきなり現れたのは、バスのほうなんだろうがな――」 そんなつぶやきを漏らして、ライがバスの轍を視線でたどる。
轍はほぼ正円の八分の一周、つまり直進していた痕跡は残っていない。こちら側に現出した瞬間に目の前に障害物――少し離れた場所に屹立する外周十メートル超え、大人十人が幹にベッタリ密着した状態で手をつないでようやく幹を一周出来そうな巨木――が現れて、それを避けようと左に急ハンドルを切ったのだろう。直進の痕跡が確認出来ない事実は運転手の見事な技量を如実に示している、が――
転回する途中の轍の下から顔を出した岩にも、苔が剥がれて真新しいタイヤの
ハンドルが戻りきる前に岩を踏んだために片側だけのジャンプ台の様な役目をして右のフロントタイヤが跳ね上がり、片輪走行の様に車体が斜めに傾いたのだろう――そのままの状態で今度は正面にあった、悪いことに先ほど避けた木の倍くらいの太さがある巨木に正面から突っ込んだのだ。
床下にエンジンや荷物の収納スペースを確保した
車体の下側からバスの前方に廻り込んで、ライが思いきり顔を顰める――彼の視線を追ってみると、全高の六割を占める非常に大きなフロントシールドが木にぶつかって粉々に砕け散っていた。
よほどの衝撃だったのだろう、車体の前方部分はぐしゃぐしゃにひしゃげて潰れ、高強度のフロントシールドはほぼ完全に割れ砕けて車体の枠の部分にはガラス片がほとんど残っていない――衝突した相手は巨木ではあったものの、衝突後に車体が横転したためにフロントシールドの開口部の半分程度が露出している。それだけに出入りには不自由しないだろうが。
苔生した柔らかい地面に、車内から出てきたものらしい複数の足跡がくっきりと残っている――数十人ぶんだ。地面になにかを置いた様な跡もある――鞄を置いた跡には見えない。誰か怪我人を寝かせでもしたのだろうか。
だが足跡の主も、それに寝かされた怪我人もここにはいない。
どこかに移動したのだろうか――移動せざるを得なくなったか、あるいは移動させられたのか。
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