第8話

「ライ?」

「ジャル・ザラ」 そう答えてから、ライは一度周囲を見回して適当な木を見つけた様だった。彼は周りにいる兵士たちに視線を向けると、

「ジェスト、リー・ジェイ。ラウィ・ウード・シィ」

「ジ」 八人の兵士たちのうちもっとも年かさの歩兵が、ライの言葉にうなずく。

 彼がなんと指示したのかは知るよしも無いが、なにを指示したのは一目瞭然だった。おおゆみを保持した兵士たちが一様に右肩を隠す外套を背中に払いのけ、右肩を露出させる。射撃体勢を安定させるためだろう――彼らの胴甲冑キュイラスの肩口の部分には手にしたおおゆみのストックの形状に合わせたくぼみがあり、摩擦で安定させるためにそこに革が貼られているのだ。

 兵士たちはそれぞれ月明かりに照らされない位置まで移動すると、周囲を警戒しているのか適当な立木を掩蔽物に折り敷いて射撃体勢をとった。

「……――」 そんなつぶやきを漏らしながら、ライが左半身を覆う外套を背中に払いのけた。

 左手で保持しているのはパラレルリムと呼ばれる可動式のリムを備えた、アーチェリー用のコンパウンド・ボウー失われたのか必要性を見出していないのか、射撃姿勢を安定させるためのスタビライザーや照準器サイトといった補助的な器具は一切備えていない。

 左脇の下にはコンパウンド・ボウの形状を型取りして作られたのだろう、弓の下半分を納める形で収納するホルスター状の革製のケースが吊り下げられている――だが弓をケースに収納すると、上半分が脇下から体の前側に突き出して左腕の動きを妨げる。

 ただ単に出歩いているときに持ち歩くだけなら、それで十分なのだろうが――この場合は邪魔になると判断したのだろう、ライは車体の下面側に廻り込むと横倒しになったバスの下側のフロントタイヤの内側にコンパウンド・ボウを置き、右手を脚絆のポケットに入れた。

 ポケットは大ぶりの格闘戦用のナイフのシースの下に隠れているので、指先を捩じ込む様にして手を入れなければ中身には触れない――ポケットから抜き出した手には、カイデックス樹脂を成型して作ったシースに納められた小ぶりのナイフが握られていた。

 ナイフは本来作業用のものだろう、かなり小型のモデルでグリップは小指まで届かない。シースの縁を親指で押し出す様にしてナイフを抜き放つと、樹脂製のシースは足元に落下――しない。シースにはいくつか穴が穿たれ、鳩目の様な鉄具が打たれている。そうすることで樹脂の弾性でシースに納められたナイフを保持しているのだが、そのかなり直径の広い鳩目の穴に化学素材の黒いパラシュートコードが通されているのだ。

 パラシュートコードの一端は彼の腰部のベルトにつながっていて、抜き放たれたナイフのシースを吊り下げている。ポケットから抜き出されたシースは、ナイフからはずれたあとベルトからぶら下がる――そうすることで、どこにも固定されていないシースからナイフを抜き放ってもシースを失わずに済む。

 グリップはかなり短く、小指はかからない――ライは先端の穴に通されたパラシュートコードの輪に小指を通して短いグリップを握り直すと、いったん車体から距離を取って地面に残った車輪の轍を確認し背後の空中に視線を投げた。

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