第27話
§
「そういうわけで篝火を頼む、ガラ――俺も早いところ設備を補修して、漂流者の傷の手当だけして休むとするよ」 ライがそう告げて倉庫らしき通路の奥の部屋へと姿を消し、ややあって透明の箱をふたつばかり小脇にかかえて戻ってきた――そのまま彼がきたいと呼ぶ鉄の屋根の、側面についた扉から外に出てゆく。メルヴィアはこの際リーシャ・エルフィのことを守らせるつもりであるらしく、特になにか仕事をさせるつもりは無いらしい――否、王女のそばにいるのが今の仕事か。
ガラは彼に続いて広葉樹の薪をかかえてきたいの外に出ると、手近で松明を持ったままぶらぶらしていたミトロという名の一年先輩にあたる同僚兵士を捕まえて歩き出した。ふたりできたいの周囲を歩いて回り、彼の指示通り五ヶ所の篝火に薪を放り込んで松明の火を移す。
「ひとりでの野営場所にしてはずいぶん物々しいな」 道具箱片手にコマネズミの様に動き回り、次々と手早く警報装置を補修していくライを横目に、ミトロがそんな言葉を口にする。
「ひとりだからこそでしょうね――ライはここに年単位でいることも覚悟してた様ですし」
天に向かって屹立する鉄の翼を見上げながらそう返事をすると、
「正直俺は、こんな人里離れた場所で何年もひとりで過ごす覚悟なんか出来ないよ」 ミトロがそんな答えを返してくる――まったく同感だったので、ガラは小さくうなずいた。
「俺もです――でもそれはこの世界の人間である俺たちと、いきなり右も左もわからない別世界に放り出されたライの認識の違いでしょうね。俺たちがそう感じるのはこの世界に人里があるのを知ってるからで、ライはそもそも人がいるかどうかも知らなかったわけですし」
そんな話をしながら、彼らはふたたびきたいのところへと取って返した。数本残った薪は、ライがゆうこんすとーぶと呼ぶ竈の横にでも置いておけばいい。火が必要なら継ぎ足すだろうし、必要無くなれば物置に戻すだろう。
そして――こちら側にたどり着いてからしばらく、ライが目にした人間といえば、同じひこうきに乗り合わせた人間の死体ばかりだったのだ。
正直八十人近い遺体を何日もかけて埋葬しながら生活するというのがどういう心理状態なのか、ガラには想像もつかない。とんでもなく精神的に強靭なのか、あるいは壊れかけていたのか。
彼があくまでも淡々とやるべきことをやり続けられたのは、逆に自分しかこの世界にいないという絶望感が原動力でもあったのだろう。
「ケガヲシテルモノハコッチヘコイ!」 警報装置の補修作業を終えたらしいライが、漂流者たちに向かって声をあげた。漂流者の中に頭部に怪我を負っていた者が何人かいたので、その治療を行うつもりらしい。器具の消毒のためかかたわらに火を焚いて、そこで金属製の小さな鍋に満たした水を火にかけている。
「あいつらはどうするんだろう」
「ライが彼らを、ですか? それとも彼ら自身がどうするか?」 尋ね返すと、ミトロは小さくかぶりを振った。
「両方だ」
「わかりません。ライの場合はそれこそ、元いた世界の農作物の種子が手に入るという転機が無かったらずっとここにいたかもしれませんし」
ライに言わせると、ここで生き延びるのはガラが想像しているよりもずっと楽らしい――彼の言葉を借りるなら、『この森で生きていけないなら、開店十分前のいろはの店内に閉じ込められても生き残れない(※)』そうだ。ただしここで一生生活するのも難しいらしいが――食事が偏りすぎるし、湿気が多すぎる。いろはというのがなんなのか、ガラにはよくわからないが。
※……
おとんの科白も含めて、元ネタはイギリス陸軍
『ここでサバイバル出来ないなら、スーパーマーケットの中でも生き残れない』――おとんはマックスバリュ、ライはいろは、イギリス兵ならさしずめアズダ(イギリスでもっとも価格帯の安価な庶民向けスーパーマーケット)あたりでしょうか。
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