第7話

 右肩にもたれかかる様にして寝息を立てているメルヴィアとは反対側、丸太の左側に、無数の長い紐の様なものが引っかけてある――それがなんなのかはすぐにわかった。

 川岸に自生しているケイムリンだ――正確にはそれを切り取って表皮とその下の繊維質の部分だけを削ぎ取ったもので、エルンでもなにかを縛ったりするための縄をったりするときによく利用される。なにに使うつもりなのか、彼が縒り合わせている縄はかなり長いものだった。

「備蓄でも用意するのですか?」

「否」 リーシャ・エルフィの質問に、ライが手元に視線を落としたまま返事をしてきた。彼は重ね合わせた両掌をずらす様にして繊維を縒り合わせながら、

「そこの屍骸を次の野営地まで運ぶのに、筏をこしらえる必要があるんでな――ガラにひとりでかついで運ばせるのも気の毒だ」 冗句のつもりなのか後半に不穏な言葉を付け加え、ライが低くくぐもった笑い声を漏らす――彼は新たな繊維に手を伸ばしながら、両後肢を括られて作業台から吊るされた獣の屍骸へと視線を向けた。

 この世界ではファイスと呼ばれるその獣は、この野営地に到着してすぐに彼が狩って帰ってきたものだ――見たところ人間ふたりぶんくらいの重量はありそうだから、たしかに人間が担いで次の野営地まで運ぶのは大変だろう。

 そんなことを考えながら、リーシャ・エルフィは正面の焚き火に手を翳して指先を温めた。

 視界の端でなにかが動き、暗闇の向こうからライがガラと呼んだ若い兵士が姿を見せる――彼は水を満杯にしているらしい鍋を手に、小屋の中へと入っていった。

 ばしゃばしゃという音がするところをみると、飲料水用の濾過器に水を流し込んでいるのだろう――小屋の壁には底の部分を切断された硝子シリンの瓶が逆さに固定されており、そこに砂や砂利、木炭や布を詰めてある。湿気の多い環境なので、黴を避けるためにその都度洗浄しなければならない様だが。

 瓶の中に水を流し込むと、濾過された水が口の部分から排出されてくる様になっている――使用者は濾過器の中に水を流し込み、口の下に設置された台に容器を置いて濾過された水を受け取ってから火にかけるのだ。

 排出された水を火にかけたからだろう、ガラが小屋から出てくる。

「ありがとうございます」 リーシャ・エルフィが謝意の言葉をかけると、ガラは右手を胸に当てて一礼した。

 メルヴィアはライの肩に体重を預けて寝息を立てているし、ライは縄を糾綯あざなう作業で手が離せない――ガラが焚き火の上に吊るされた鍋から金属製の杯に湯気を立てるお湯を掬い取り、リーシャ・エルフィに差し出してきた。

「どうぞ」

「ありがとう」 差し出された杯を礼を言って受け取り、少し冷めるのを待って口をつける――ややあって空になった杯をかたわらに置くと、リーシャ・エルフィは黙々と縄を縒っているライへと視線を向けた。

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