第16話

 父王とその様子を見守っていた大臣たち、侍従や近衛兵を心底あきれさせた言い争いと彼らの人生初の取っ組み合いの喧嘩は丸一日続き、最終的には父王が長子相続の慣例にのっとってデュメテア・サリナを王太子に定め、やがて王権譲渡ののちイルトファ・カイルは王弟として宰相の地位に就いた――王位継承後も良好な兄弟仲は変わらず、デュメテア・サリナは弟の意見に常に注意深く耳を傾け、イルトファ・カイルも兄王に対して簒奪の下心をいだくことは無く頼りにされていたという。兄王が胸の病でわずか三十三歳で夭逝ようせつした際にはまだ十歳だった息子の後見人ではなくみずから王として国民を統べる様にと指名されても拒絶し、甥でもある新たな王を盛り立てて最期の瞬間まで忠誠を尽くし続けた人物として語り継がれている。

「宰相イルトファ・カイルは兄王デュメテア・サリナとふたりで、アーランドの最盛期を築き上げたのですよ――傑出した人物ふたりに支えられた黄金時代の担い手として、敬意をこめて兄弟を合わせて双王と呼ぶのです」

「なるほど――みたいだな」

「それは?」 ライの言葉に尋ね返すと、彼はこちらに視線を向けて、

「俺の国に五百年くらい前に実在した、という――まあ貴族みたいなもんだ。兄弟仲がよかったらしくてな、家督争いのたぐいが起こらなかったんだそうだ――それぞれの能力の特化する方向が違ってたというのも大きいんだが」

「なるほど、役割分担がきちんと出来ていたのですね」 納得してうなずくリーシャ・エルフィにうなずき返し、ライは脱線した話題を元に戻すことを試みた様だった。

「君もそうなのか? つまり、女性も改名するのかって意味だが」

「ええ、そうです――でも一応制度としてはそうなのですけれど、幼名をそのまま成人しても使い続けることも多いですね」 わたくしもそうです、と続けると、ライはそれまでとは逆方向に首をかしげて、

「有名無実化してるということか」

「というより、わざわざ改名するのに意味を見いだせないと言いますか」 男性貴族の成人の際の改名は文字通り家督を継ぐために覚悟を示すとかお披露目の様な意味合いの強い儀式的なもので、実際にたいした意味が無くとも必要なものだ。女性の場合は改名したからといってだからどうだというものでもないので、よほど必要に迫られない限り――後継者が不在になり、やむを得ず女性が家督を継ぐとか――改名することは無い。

「それも基本的には一代限りですね。男系相続が基本ですので、あとは本来の後継者、兄なり弟なりの子に家督を譲るとか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る