第39話

「祖父さんが体を悪くしててな。親父は割と遅くなってから俺たち兄弟を作ったから、早めに農業継ぐことを考えないといけなかったんだ。親父は俺たちをふたりとも軍人にしたがってたけど、祖父さんには時間が無かった――親父がそうした様に、軍人をやめてから仕事を継ぐわけにはいかない。親父だっていい年だから、長いことその仕事を続けられない――祖父母はそれぞれひとりっ子だったから、祖父さんの受け継いだ牧場と祖母さんの受け継いだ農園と、両方とも管理しないといけなかった。親父ひとりじゃ無理だ――だから出来るだけ早く、仕事を継いでやれる様になる必要があった。それで弟と話をして、別々の道を行くことに決めた――結局俺は、たがえた道を進むどころかその道からはずれちまったが」 せめて祖父さんを送り出すまでの間だけでいいから、向こうにいたかったがなぁ――胸中でだけそう付け加えて、ライは空を見上げたまま目を臥せた。

「俺はお世辞にもいい孫とは言えないな――結局一人前になった姿は見せてやれなかったし、死に目にも会えなかった。葬式にすら出てやれてない――もしもう一度会う機会があったら、家族にぶん殴られて不孝を詰られても文句は言えんだろう」

 メルヴィアがなにか言おうと口を開きかけて――結局黙り込むのが気配でわかる。

「妹ふたりのどっちかが、継いでくれる様な奴と結婚してればいいんだけど――おっと、結婚してくれればいいんだけどな」

「妹さんたちは、今いくつなの?」 両腕で膝を抱きかかえる様にして質問を投げてくるメルヴィアに、

「どうだろう――正直に言うと、って考えるのには意味が無いな。の時間の流れが同期してるわけでもないだろうし」

 なにしろあの子供たち、俺がこっちに飛ばされてきた翌月からこっちに飛ばされてきたんだぜ――そう付け加えると、メルヴィアはちょっと驚いたのか眼を見開いた。

「そうなの?」

「ああ――正確に何日後なのかは聞き出してないが、長くても三十日程度のはずだ。俺の世界の、八百年くらい前の時代から飛ばされてきた奴も見たことがある――だから今いくつなんて考えるのには意味が無い。死んでるかもしれないし、まだ生まれてないかもしれない――けど、俺が向こうにいたとき十歳だった」

「ふたりとも?」

「ああ、話したこと無かったか――俺たち兄弟も妹ふたりも、両方とも双子なんだよ。と、それとは別に双子で生まれた妹がふたりいるんだ」 四人兄妹だな――そう続けると、メルヴィアが得心が行った様にうなずいた。

「あ、そうなんだ」

 メルヴィアはそう相槌を打ってからちょっと黙り込んで、

「ね、帰る方法が見つかったらどうする?」

にか?」

「うん」 口ごもりながらのその質問に、ライはすぐに返事をしなかった。

 その問いに対する返答なら、もう何度か伝えているが――このタイミングで聞いてきたのは、大勢の同郷の人間に出会った直後だからだろう。

「答えは前にも言っただろ――もう一度こっちに戻ってこられないんなら、帰らないよ」 耳元でささやく様にそう返事をして、ライは腕の中にいる少女の体を軽く抱き直した。

「君をひとりにしたくないし、ひとりだけここエルンに置いていくつもりも無い――離れ離れでいたくないし、君の故郷に帰すつもりも誰かほかの男に渡すつもりも無い。君も一緒に俺の故郷に連れて帰れるなら、そうするけどな」

 メルヴィアがその返答にくすくす笑いながら、

「いきなりいなくなって帰ってきたら五歳も年取ってたら、びっくりするだろうね」

「それも片手に女を抱いてな」

「うん」 少し眠くなってきたのか、メルヴィアがぼんやりとした返事を返す。自分の体を抱くライの腕に手をかけ、蚊の鳴く様な声で、

「ね、ライ」

「ん?」

「置いてったらやだよ」

「……ああ」 そう返事をしたときには、彼女はもう眠りに落ちているらしい――腕の中で穏やかな寝息を立てるメルヴィアの体を抱く腕に力を込めて、ライはもう一度返事をした。

「ああ」

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