第36話
階段は東西どちらも外側は北から南へ、内側は南から北へ登る造りになっており、つまり動線で見るとエスカレーターの様にX字状に交叉している――高低差があるので、階段は防壁通路の端から端まで使って昇り降りする様に出来ている。物資を運んで昇り降りすることもあるからだろう、階段の左右幅は一・五メートル程度、傾斜もさほど強くなく階段一段一段の幅も広い。広場や砦の外側に物資を壁上と遣り取りするためのクレーンや人力
広場の大きさは南北方向に約五十メートル、東西方向に関しては内側の階段同士の間隔で約六十メートル。
上の四角部分は建造物になっており、半地下になった牢獄――王女が囚われているのはおそらくここだ――の上に二層構造になった部屋がある。防壁上から出入りすることが出来、東側の側面にある出入り口から入ると昇りと降りの階段がある。これらの階段をそれぞれ昇降した先で右折することで、上下それぞれの室内に入ることが出来る――建物そのものへの入り口もそうだが、長い年月の間に失われてしまったのか扉のたぐいは無い。
建物内部は階段室以外は長方形の部屋になっており、間取りのある構造にはなっていない――上下それぞれ建物西側の壁に換気用の窓があるが、どちらも蓋は無いので風雨を防ぐことは出来ない。建物入り口の扉もそうだが、木製の窓蓋や扉が風化で朽ちたのかもしれない。あるいは軍事施設である以上、そういったものは最初から考慮されていないのかもしれないが。
牢獄は石壁と格子で六室に区画されているが、正直に言うと用途はわからない――高さ二十メートルの防壁を築いて対処しなければならない様な
この砦が実際に何千年前のものなのかは知るよしも無いが、おかしなことに牢獄に使われている鉄格子はまったく朽ちた様子が無い――格子だけ取りはずして値札をつけて棚に並べておけば、ホームセンターの売り場に並んでいても違和感が無いくらいに真新しく見えるのだ。格子扉と一体になった錠前の鍵が失われているために施錠することこそ出来ないものの蝶番も無事で開閉に支障は無く、たとえば鉄格子と格子扉を鎖で巻いて錠前で両端を留めるなどすれば監禁に使うことが出来る。肝心の
地下室への侵入経路はひとつだけ――壁に囲まれた広場にスロープがあって、そこを降っていくことで地下室に降りられる。スロープのなかばに内開き式の扉があった様だが、木製だったからなのか蝶番だけを残してすでに朽ちて失われていた――蝶番は格子同様、雨風に曝されても新品同様だったが。
砦の中には自然の水源は無い――井戸らしきものはあるが、数年前に訪れたときにはすでに涸れていた。
というよりも、最初から湧水能力は無いのだろう――周りよりも標高が高くて木の数が少ないこの高台は、高台であると同時に山でもある。そしてこの高台を山という地形として見た場合、深い森が無いために水を蓄える能力が乏しいのだ。
今でも斜面にはところどころにまばらに立木、あるいは疎林がある程度だが、この砦が築かれた当時は南側斜面の樹木は完全に取り払われていただろうから今よりもっと保水力が無かっただろう。この世界には電力や内燃機関などの機械式動力のたぐいが無いから、ポンプを使って平地の水源から水を汲み上げることは出来ない――江戸時代の江戸の井戸の様に上水道を引くには、水源が井戸よりも高い位置にあることが必要だ(※)。
※……
いわゆる井戸というのは地中の帯水層、つまり粒子状の土で構成され透水性を持つ地層に到達するまで地面や岩盤を掘削し、そこから湧出する水を汲み上げる採水設備ですが、江戸はもともと海辺沿いの埋め立て地だったために自然湧水を汲み上げても塩水が混ざっていたりしてあまり質のいい水が採れませんでした。
そのため江戸では自然湧水を利用するのではなく近くの川から水を引いてきて貯めておく、上水道とその貯水設備としての井戸が造られました。
樋と呼ばれる木製の配水管を地中に埋設し、江戸よりも海抜の高い位置にある川につないで川の水を引き、地中に複数の蓋と底を抜いた樽を積み重ねた井戸へと流し込んだのです。このため江戸の井戸は単なる貯水設備で、一般的に想像する井戸とは意味合いが異なりました。
江戸で最初の水道は井の頭池から引いた神田上水で、総延長六十キロを超えるものでした。
その後は拡大していく江戸の生活圏をカバーするために、最終的に六本の上水道が整えられました。
なおこういった性質上、江戸の上水設備は使用料が必要だったそうです。
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