第38話

 ライはそう言ってから、ちょっと考えて先を続けた。

「話を戻すがアーランドの場合、大臣職ってのは貴族の子弟が親から受け継ぐものだったんだ――この国は専制君主制で、貴族制度がまだ存続してる。大臣職は領地持ちの大貴族がやるもので、大臣職も爵位や領地と一緒に世襲するものだ――だから農政大臣といっても、本人が勉強してなければ専門知識は無い。家庭菜園なり花壇なりで土いじりの経験がある奴さえ、代々の大臣の中に何人いることやら――大蔵大臣なら金勘定が巧ければどうにでもなる、防衛関連の大臣は騎士団の意見を求めればいい。農政はそうもいかない――天候は自分でコントロール出来るものじゃないからな。頼れるのは経験からくる知恵だけだが、肝心の指導者にその経験が無いときた」

 つまるところやり方を知らない農政大臣のせいで引っかき回されて土地が痩せているところに現れたのが、この農家育ちだったのだろう。

「といっても、すぐに出来ることなんて知れてたがな――灌漑用水路を整備したり土を入れ替えたり新たに土地を開墾したり、あとは密植や連作をやめさせたり。もともとの畑の土はひどい有様だったからな、全部取り除いて近くの森に集積して雨除けをしておいた――植えられた種だけ選り分けることは出来なかったから、仕方が無いからまとめて棄てて俺の手持ちの苗や種から植え直した」

「雨除け?」

「排泄物を土に直接触れさせておけば、土壌細菌の働きで糞尿の発酵が進む――ただ堆肥と言えるほどのものじゃないし、利用もしなかった。雨除けをした目的は、雨水で温度が下がらない様にするためだ」 温度が下がると大腸菌や寄生虫の卵が生き残るからな――そう続けるライに、康太郎は納得してうなずいた。

「ああ、技術指導っていうのはそういうことか」 という康太郎の返事に、ライが小さくうなずいてみせる。

「ああ――世辞にも楽な作業とは言えなかったが、まあそれでもなんとか遣り繰りしてある程度収穫が見込める様になった」

 だが、とライが続ける。

「そのあとのことだ。この国の農村は、収穫された麦を租税として物納する――いきなり収穫量が増えて租税が増えたもんだから、農政大臣と宰相を連れた国王が村の視察に来た」

 ひと悶着あったのだろうというのが、表情からわかる――ライの話の通りなら、その農政大臣というのは滅茶苦茶な農法を強要した張本人だ。ライは嫌そうに顔を顰めたまま、

「農政大臣が使えないくせにずいぶん態度がでかかったから、追い払ってやったがな――そのあとで今度は国王が出直してきた。その国王がガラの村でそうした様に、ほかの村にも耕作のやり方を教えてほしいと言ってきたから、いくつかの条件を出したうえで仕事として引き受けた」

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