第37話

「それってまずいのか?」 人間の排泄物を堆肥として再利用するというのは、日本では古くから行われてきた農業手法のひとつだ。その結果として日本はペストなどの疫病と無縁だったわけで、決して稚拙な手法とは思えないが――

「それはおまえ、ちゃんと発酵させて堆肥化してからだろ」 ライがそう返事をしてかぶりを振り、

「それに生の人糞でも一応栄養源にはなるんだが、同時に土壌に含まれる窒素化合物を消費して窒素飢餓と呼ばれる状態になる。土壌中の微生物は炭素をエネルギー源として増殖するが、その過程で植物の生育に必要な窒素を大量に消費して、その結果作物の生育障害を引き起こす。赤潮みたいなもんだ――それを防ぐには、堆肥化によって大量の硝酸態窒素を含ませる必要がある。生の人糞をそのまま畑に撒いたら大腸菌まみれだし、寄生虫なんかの問題もあるしな――堆肥化の作業は、発酵中に発生する熱で寄生虫や病原菌を死滅させる効果がある。疫病予防や排泄物処理の機構として日本の下肥生産のシステムが巧く機能してきたのは、この特性のおかげだ」

 それに――とライが付け加える。

「作物もあまり日照りに強いとは言えなかった様だしな――品種改良が不十分だったんだろう。俺がこの世界で拡散してる作物は沖縄県で栽培されてるものが主体だから、日照の強い環境でも育てられる」 ライはそう言ってから、やや皮肉気に唇をゆがめて先を続けた。

旱魃かんばつに飢饉無しとか、日照りに不作無しという諺はあるがな――」 ライはそう言って首をすくめ、

「おまけにそこに、現場を知らない農政大臣が無茶苦茶やってくるからな」

「現場を知らない? 農政大臣なのに?」

「別に大臣だから専門知識があるとは限らんさ」 ライは吐き棄てる様な口調でそう返事をして、

「俺が生まれるよりも前の話だが、当時の日本じゃ族議員とかいうのが――のちに盛大に無能ぶりを晒す民主党やら社民党やら共産党やらの有象無象の野党から批判されてたそうだが、俺は族議員が必ずしも悪いものだとは思ってないんだがな」 ライはそう言ってから、言葉を選んでいるのか少し考えた。

「族議員は特定の分野に限定すれば知識もコネもあるし、政策立案とその進行に関して言えばメリットも多い――もちろん汚職の温床になりやすい害もあるが。そういったものを全部排除した結果が、のちの民主党政権がやった馬鹿丸出しの事業仕分け委員会だ」 なんといってもかの仕分け委員会、言いだしっぺの台湾人が『わたし馬鹿だから説明されてもわかりません。はい廃止』で片づけてたそうだからな――しかも自分で予算決めといて。少なくとも、ど素人が防衛大臣やるのが文民統制シビリアンコントロールだとかぼさく馬鹿を飼ってる無能どもに比べりゃはるかにましだ――侮蔑もあらわに吐き棄ててから、ライがこちらに視線を向ける。

「今の日本でだってそうだろう。財務省の官僚は大学を出たばかりの小遣いの遣り繰りも憶えてないガキが、仕事だってことさえ理解出来ないまま他人の税金をじゃぶじゃぶ使える立場になって調子に乗って金を使って、それで素寒貧になったからって増税増税と巣の中の雛みたいにピーチクパーチクうるさいし、大臣だって誰もかれもまともに仕事出来てるわけじゃない」

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