第4話

「まあ、いったん浸透してからなら、いくらでも吹っかけられるけどな――なにしろ俺しか扱ってないわけだから」

「同量の黄金は無理でも、それなりの稼ぎにはなる?」

「と思うよ」

 ただ、それはあくまでも普及すればの話だ――国民が島胡椒と唐辛子、それに香草類で満足していれば、別に胡椒の出番は無い。それにライが十分に需要に対応出来るかどうかも別問題だ。

「だから胡椒を流通させるつもりは無い――否、別にしてもいいけど。ただ単に俺がほしかっただけだから」 少なくとも安定して生産出来る様になるまではな――そう付け加えると、リーシャ・エルフィはうなずいた。

「そもそも貴方がエルンで農耕を始めたこと自体、自分が食べるためですものね」 売ったりしてお金を稼ぐのではなく、自給自足のために――そう続けるリーシャ・エルフィにうなずいて、ライは器に口をつけた。悪くない――材料も鹵獲品しかない状況ではこんなものだろう。

 どうやっても量は足りない――食糧調達の目途が立たないまま日数が経過した場合のために家を出るときに多少の食糧は持ち出していたが、いきなり人数が四十人を超える事態は想定していなかった。

 出来るだけ早く出発したいので、狩猟を試みるわけにもいかない――やるにしても次の宿営場所に到着してからだ。

 結果、手元にあるものをどうにか水増しするしかないわけだが――

「ああ。そもそも俺、今の家のある場所に定住した時点じゃ人間がいること自体知らなかったしな」 リーシャ・エルフィの言葉にそう答えて、ライは鞄の中に放り込んであった浅型の食器ソロクッカーを引っ張り出した。折りたたみ式の取っ手がついた鍋二点と蓋がセットになった、純チタン食器三点セットというそのまんまの商品名で呼ばれている品物だ。登山家の持ち物だったが、ライも実家にひとつ持っている――二度と触ることはないだろうが。

 くだんの登山家もそうだが、いろいろな人物の遺産のおかげでライはなんとか生き延びている――今後とも、彼らの墓の近くを通ったら必ず手を合わせることにしよう。特に登山家と米軍兵士とあと種苗店の人。

「でも、調味料のたぐいはどれだけあっても困らないと思いますよ」 こんな香りのする香辛料もはじめてですし――リーシャ・エルフィが続けてそんな言葉を口にする。

「貴方はやはり、アーランドで大臣をすべきだと思うのですけれど――王都のほうが便利ですし、大きな屋敷も用意出来ますし。生活も安定すると思います」

「俺は現場にいたいんだよなぁ。人任せにするより自分でやってたい――というか、君らから預かってる事業だって、人任せに出来るほどその人が育ってない」 ライの返事に、リーシャ・エルフィがぐうの音も出ないという表情を見せる。

「つまり、細々とした問題が出てきたときに対応出来ないだろう。あっちの農地とこっちの農地のちょっとした違いとかな」 ライはそう言ってから、多少はフォローが必要かと思って付け足した。

「まぁでも、君やデュメテア・イルトの言うことも理解は出来る――権力を得た立場にいれば、今やってる事業もやりやすいのは事実だから」

 アーランドにおいては王命によって発された事業プロジェクトを担当する大臣は、その事業の範囲内において王国のすべての貴族に対する命令権がある。ありていに言えば、彼らの意向にかかわらずに事業を進めることが出来るのだ。

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