第27話

 メルヴィアがガラの言葉に同意して歩みを再開するのに合わせて、自分も歩みを再開する――メルヴィアが歩きながらちょっと考えて、

「それで、ガラ――その話は伝説上、何年くらい前の話なの?」 

「アーランドとエルディア、それにソラリアの一部がまだパラディアという統一された帝国だったころの国号が出てきますから、二千年以上前の話ですね」

 アーランドの地図に、エルトフラン山脈の向こう側は――その向こう側に行った者が誰もいないからだ。

 向こうから来た者もいない――エルトフラン山脈の存在が知られているのだって、王族の話では北にある山から見えたという程度のことでしかないという。逆に言えば、今ライがエルトフラン山脈だと思っているあの山だって、実際にエルトフラン山脈である保証はなにも無い。

 だから山脈の向こう側になにがあるのか、誰も知らない――そもそもそれ以前に、人間がこの高台まで自力で到達した記録すら無い。無論それはという証明にはならないわけだが、少なくともたどり着いた人間が無事に人里に帰還したという記録は残っていない。

 なのに山脈があること、高台があること、名前がついていることが知られているのは、二千年以上前の伝説に登場しているからだという。

 それが月の涙ティーラ・マァルの伝承だ――エルトフラン山脈の向こう側には見たことも無い大地が広がっているのか、それとも海か、あるいは文字通りなにも無いのか。アーランドの人々にとっては日本よりも知識の無い場所だ――そもそも樹海自体がこの世界の人間はまず立ち入らないので、正確な測量もされていない。

 それは二千年前から変わらない。つまり二千年前であろうが二千年後であろうが、当時の政権がパラディアであろうがアーランドであろうが、この高台の上に砦を築く必要などこれっぽっちも無いのだ。ドラ〇エだのF〇だのに出てきそうな魔物のいないこの世界で人間がいないということは、敵対勢力がいないということで――居もしない敵のためにこんな不便な場所に延々続く防壁を築く意味などあるまい。

 月の涙ティーラ・マァル魔物シャーイ――

 まあ、今は関係無い。胸中でつぶやいて、ライはかぶりを振った。その神話が真実であったとしても、神代の砦が朽ちて久しくとも、魔物シャーイが姿を見せていない以上月の涙ティーラ・マァルで地上に降り注いだ魔物シャーイの群れは首尾よく全滅させられたのだろう。

 そんなことを考えながら、頭上を振り仰いで月と星の位置を確認する――歩くこと二十分、彼らは首尾よく高台に到達した。

 わずか数百キロしか離れていないところに聳えるエルトフラン山脈の向こうに、巨大な魔物の月マァル・シャーイが見えている。天候によっては全体が雲に隠れていただきがまったく見えなくなることもあるのだが、今は空が晴れており稜線を一望することが出来る。

 バットの一撃で叩き割られた西瓜の様にまっぷたつに割れた断面から覗く天体の内部がこの位置からだと黒く見え、なるほど中身の無くなった卵の殻の様にも思えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る